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☆本居宣長の真の功績とは

平成30年11月5日改稿 H29年10月18日(水)初稿
「ー宣長の生涯ー 吉田悦之」と表題のあるプリント、これはたぶん『心力をつくして―本居宣長の生涯―』という小冊子からの抜粋と思われる。
宣長に対する一般的な評価

篤胤は宣長を歪めてはいない

宣長の最大の功績は『古事記傳』ではない

(※内容はいずれ暇な時に書きます)

・現代語訳はすべてダメ

本日、平成30年7月28日(土)、わたしの個人的な知り合いの先生がご逝去されました。
佐久間靖之先生49佐久間靖之先生25
お通夜はしあさって31日(火)、告別式は8月1日(水)、ともに蔵前のセレモニーホール浄念にて予定されております。不肖わたくしも両日とも参列せていただいてご冥福をお祈りしつつ、先生とお別れしてまいる所存です。

当ブログの内容はこの先生とはなんの関係もございません。このブログは、先生とは無関係に、わたし(ブログ主)が古事記の感想や個人的な意見をまとめた個人ブログです。

H30.8.1 追記
お通夜、告別式ともに恙無く執り行われ、不肖わたくしも両方とも参列せていただき、先生のご冥福をお祈りしつつ、お別れしてまいりました。

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・「大魚」はなんと読む?

H27年10月26日初稿 (H27年10月21日(水)のメモによる)
「大魚」という女性の名
袁祁王(後の顕宗天皇)と志毘臣(平群鮪)が歌垣で争った女性の名が「大魚」。この大魚、本によっては「おおお」(角川)、「おおうお」、「おふを」、「おうお」といろいろに読まれている。普通は「おふを」とされるが、ご存知の通り奈良時代には母音連続が避けられ母音が連続する場合は前の母音が消えるのが鉄則、という国語学界の通説がある。そのため「おほ-うを」[oho-uwo]が「おふを」[ohuwo]となる理屈。

母音は連続してもよい
しかし、個人的にはこの母音衝突は奈良時代の一時的な現象だと考えるので、あまり拘泥する必要はないと主張したい。まして人名としての大魚は奈良時代よりずっと前の人なんだからなおさら意味がない。個人的には[oho-uwo]でももちろん良いと思う。「おふを」を現代仮名遣いで表記すると「おうお」、現代語で発音すると「オーオ」だが、語感がへんだし、そこまで四角四面にいわなくても現代日本語では「オーウオ」でいいだろうと思う。

「お」(大)「を」(小)の別案
「大・小」の古訓は「おほ・を」だが現代語訛りの発音では「オー・オ」で似てる上、古い時代には「大」は「お」ともいったのでなおさら紛らわしい。仁賢天皇の名「おけのみこと」、顕宗天皇の名「をけのみこと」は現代式の発音では耳で区別できない。「お」は「おほ」の略なのか、もともと「お」だけで大の意味を表していたのかは不明(国語学界には何らかの見解があるのかもしれないが俺はしらない)。中世では「大」は「うほ」とも訛り、「う」と略すこともできる。中世語は和語の場合、残存していた上代語が和文の興隆によってたまたま表面化したということがありうる(証明はできないが)し、現代語訛りの読み方が許容されるなら中世訛りはさらに許容されてしかるべきなので「大魚」を「うほうを(ウオウオ)」「うふを(ウーオ)」と読むことが論理上可能となる。また「小」の古訓には「を」「こ」の二つあるが、現在の記紀の読み下しで「を」が採用され「こ」が避けられ勝ちである理由はよくわからない(これも国語学界には何らかの見解があるのかもしれないが)。「大」を「うほ」とするか「小」を「こ」と読むかいずれかを採れば紛らわしさを大幅に緩和でき、両者を採用すれば紛らわしさは完全に消去できる。ただしこの場合の「紛らわしさ」とはあくまで現代日本人にとってのことにすぎないが。その上、多少紛らわしくても古雅な語感を愛でたいと思う方が俺を含め多数派だろう。

本当に「うを」でいいのか?
「魚」の古訓は「うを」の他に「いを」と「な」がある。「いを」は岩波の日本書紀の冒頭の「魚」の字を「いを」と読んでる他、紀の歌謡にも「うを」がでてくる。用例みると上代から平安期まで平行していたらしくどっちが古いか俺には判断つかないが、国語学界の雰囲気としては「うを」の方が古いとみている感じかな、これも『字訓』になにか説明あるかもしれない。「な」は記紀にも万葉集にもある。個人的には「な」のほうが「うを」「いを」より古いように思う。大魚は「おふを(オーオ)」「おほうを(オーウオ)」の他にも「おほな(オーナ)」「おほいを(オーイオ)」「おひを(オイオ)」「おな」「おいを(オイオ)」「おうを(オーオ)」等の可能性があるわけだが女性の名として冒頭に「お」がくるのは後世の「お花」「お岩」「お銀」「お駒」「お菊」「お玉」「お静」とかの類を連想されておもしろい。この接頭辞の「お」も語源は「大」、大魚さんの生きていた頃の日本語とは関係ないが。魚の読みは女性らしい語感というと「な」>「いを」>「うを」かな。根拠はないが個人的には「おな」がイチオシ、次点で「おほな」を推したいw

・「国作り」とは何ぞ

H27年2月18日(水)初稿
『古事記』に出てくる「国作り」について個人的な意見を述べておきます。
(いま執筆中)

・兄(え)と兄(せ)では意味が違うのに…?

平成26年11月10日投稿 (平成26年10月15日(水)初稿)
前フリ1:「エ(兄)/オト(弟)」と「イモ(妹)/セ(兄)」の基本を確認すると
よく知られたことだが、古語では「兄」の字をエと読む場合と、セと読む場合があるが、エとセでは意味が違う。エの対語はオトまたはト。で、エというのは兄弟姉妹のうち自分より年長の兄姉をさしている。つまり兄の字をエと読む場合には弟や妹でないことはわかるが、兄なのか姉なのかという性別はわからない。
セと読む場合はまた別。セの対語はイモで、セというのは兄弟姉妹のうちの兄弟(男の兄弟)をさしてセと言ってるのであって、兄(歳上)なのか弟(歳下)なのかはわからない。つまり英語でいう“brother”のことなのである。
また「弟」の字はオトまたはトだが、これは実質的には妹をさす場合も多い。古語のトまたはオトは、兄弟姉妹のうちで弟妹をさす言葉であって、エもそうだがトも性別を区別する言葉ではないからだ。あくまで年長か年少かを区別する言葉が「エ/オト」である。
また「妹」の字もイモと読んで大抵の場合は兄弟姉妹のうち姉妹をさす。つまり姉のことをもイモと呼んでいた、なぜならイモという言葉は年長か年少かという意味を含まないからだ。つまりイモは英語でいう“sister”の意味だから当然、姉のことをイモという場合がある。
整理すると「エ←→オト」というのは年齢の上下を区別するのであって性別を区別しない(姉と妹のコンビでも「エとオト」だ)。「イモ←→セ」というのは性別を区別するのであって年齢の上下は関係ない(姉と弟のコンビでも「イモとセ」だ)。
だから『古事記』では「兄」の字が約70回、「弟」の字が約60回、「妹」の字は約50回も出てくるのに「姉」の字はたった3ヶ所しかない。歳上の意味では「兄」(え)と書かれ(兄比賣(えひめ)とか)、“sister”の意味では「妹」(いも)と書かれるので「姉」の字はめったに使われないわけ。エとセとオトとイモの4語のうちエとセの両方に「兄」の字を使うから「姉」の字の出番がなくなってしまっている。

前フリ2:「いろ〜」
セ、イモ、オトは同じ母親から生まれた場合にはイロセ、イロモ、イロトとなる。エだけはイロエとイロネの2通りある。イロエはわかるとして、イロネというのは「ネ」が親しみを込めた呼びかけの言葉だというのだが、どうなのかな?「イロのエ(兄)」の縮約じゃないのかとも思ったが、歳上を意味する「え」は奈良時代にはヤ行の[ye]だったので、母音衝突にはあたらない。「の」もイロセ、イロモ、イロトにはないのにイロネだけ入るのは不審。ネは兄や姉をあらわす古い言葉でエとは同義だがエより古い言葉なのかもしれない。

前フリ3:「な〜」
エ、オト、セ、イモを親しみを込めて呼ぶ場合にはナネ、ナオト、ナセ、ナニモとなる。ナイモがなぜナニモになるのかというと「ナのイモ」が縮まったというわけではなく、母音衝突を防ぐために一つ前の子音を連用してるのだろうか、こういう訛り方に名称があったように思うが忘れた。いずれにしろ、これでいうとナオトはナノトにならないとおかしいような気がするのに古語辞典にはそういう例は出てこないなぁ。さらにいうと、イロモ、エトという言葉があるんだから、ナモ、ナトという言い方もあってよさそうに思う。ナネは年齢とも性別とも無関係に使われるというがそれは後世の乱れた使い方でもともと古くは歳上(現代語の兄や姉)に使ったんだろう。現代でも、明らかに歳上のおっさんが自分より下の者をつかまえて「ちょっと兄ちゃんよ〜」とか「そこの姉ちゃん」とかって声をかけるのと同じで、意味がかわってくることは大昔でも普通にあったろう。おっさんが年下をつかまえて「兄ちゃん」「姉ちゃん」というのは自分を弟の地位において敵意のないことを表そうとした表現。わざと言葉の元の意味からずらして使うことで独特のニュアンスを醸しだす、これによって長い間に言葉の意味が徐々に変わってしまい、古語と現代語に隔たりができてくる。そしてそうやって今も日本語はかわりつつある。

前フリ4:「エ/セ」の原義から逸脱した「兄」の字の読み方(誤読?)
同性の兄弟同士なのにエとかオトとか呼ばずにセと呼んでる例も多い。しかし同性の姉妹同士なのにエとかオトとか呼ばずにイモと呼んでる例がないのは偏ってる事態だが、後世の崩れた用法だから偏ってるのかな。前者の、男同士なのにエとかオトとか呼ばずにセ(同母ならイロセ)と呼ぶのは『古事記』のような古い伝承の場合には「兄」の字を誤読しているだけの可能性が高いと思うが、岩波の古事記も角川の古事記もそう読んでる例が多いので、仮に間違いではないとすると、相手を男の中の男として敬意を表してるようなニュアンスか。逆にいうと、異性間なのにセともイモとも呼ばずにエやオトで表せば、なんとなく仲が悪いか疎遠な感じになるのかな(日本語の間違い感も強いが)。これらはわざと意味をずらして使うことによって特定のニュアンスを醸し出す用法としてはありなんだろうが、古い時代ほど厳密に使ったはずだろう。

本題:俺がおかしいの?誰か教えてくれろ。
さて本題に入ろうw 古事記の「目弱王の変」の話なんだが。まず、黒日子王が兄、安康天皇が真ん中、大長谷王(のちの雄略天皇)が弟という兄弟構成を頭に入れて下さい。で、安康天皇が暗殺された時の、雄略天皇が黒日子王を問い詰めるシーンで「(殺された)安康天皇は一つには天皇であられ、一つには兄弟でもあるのに、なんで『兄』が殺されたと聞いてのんきにしてんのか」と言っている。この『兄』は岩波古典文学大系だと「いろせ」と読んでるが、同じ岩波でも「日本思想大系」と講談社文庫のだけが「いろえ」になってる(他は角川文庫でも小学館の日本古典文学全集でも「いろせ」)。
黒日子王は実は安康天皇の兄つまり年長なんだよね。ということはここは(黒日子王から見ての安康天皇をさしてるのだから)「いろえ」だとへんだろう。ここは「弟」となければならないところだが、もし「兄」でいいなら、読みは「いろせ」でよいはず。なのだが、既存の各社刊行の古事記の注釈はおかしなことに「いろえ」ではなく「いろせ」と読んでおきながら、「兄と書かれてるが、弟のはずなのに。これは不可解、なにかの間違い」みたいな解説ばかり。「いろせ」は男の兄弟つまり「兄か弟」という意味であって「歳上の兄」という意味ではないのだから、兄の字を「せ」または「いろせ」と読むのなら矛盾はなくなるんじゃないのか。

・「しらす」と「うしはく」

〈うしはく〉 と 〈しらす〉 - 新しい風を 起こそう! ~日本を ...
blog.goo.ne.jp/nippon-konote/e/080194e2a8563451fec41e78c...
“うしはく”と“しらす” どちらも、統治のあり方を示す古い言葉です。 何が違うのでしょうか。 “うしはく”とは、「土地や人民を自分の私有物として支配し領有する」という意味。 強権的に統治することが意味されています。

天皇統治の本質(知らす&領はく)-第2回目 ...- Yahoo!ブ …
blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/53117325.html
先ず最初に「知らす(しらす)」&「領はく(うしはく)」という古語について、 國學院大學日本文化研究所編集の神道辞典の解説を見てみましょう!(^^) Q&A【知らす】とは(・_・?) 領有なさる、お治めになる、御統治になるの義

【しらす】と【うしはく】の違い!|ぷりのブログ
ameblo.jp/p-apa-mama/entry-11733403226.html
2013/12/21 · しらす】と【うしはく】の違い! .建御雷神(タケミカヅラノカミ)が【大国主神】に 『汝がうしはける(領有する)葦原中国(アシハラノナカツクニ)は、我が御子(ミコ)の 知らす(治める)国である』、と任命した。 『汝の考えは ...

古語の「うしはく」と「しらす」と「しろしめ ...- Yahoo!知恵袋
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp › … › 日本語
解決済み · 1 件の投稿 · 最初の投稿日: 2010/04/01
【ベストアンサー】うしはく 【領く】 統治する。支配する。 しらす 【領らす】 国を統治される。 しろしめす 【知ろし食す】 お治めになる。御統治になる。 ということで、意味に大差はない ...

「うしはく」と「しらす」 - worldNote
blog.goo.ne.jp/worldnote/e/eef9df438920ac7cf3472d340516299d
世界の覚書 道州制、易姓革命、外国人参政権には反対です。伝王仁墓に百済門を作るのは場違いであり、反対です。 ... ゲイツが東芝を支援する次世代原子炉って?? (ダメ主夫 ひげメガネの雑記帳) Misleading (Tokyonotes 東京義塾) ...

www.asahi-net.or.jp
www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/bansei-ikkei.htm
二 〈うしはく〉と〈しらす〉の違い――明治憲法の第一条〈二〉―― 二・一 二種類の統治〈うしはく〉と〈しらす〉 明治憲法第一条の「統治」 伊藤博文の『憲法義解』では、「万世一系」の説明のあと 「統治」の説明に ...

vol.282「しらす」政治と「うしはく」政治 (2013年5月4日発 …
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雨で、読書、読書~大和言葉「うしはく」と「しらす」を知る。
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オペラ、文楽、能など芸術全般を横断的に、「おとな」の視点で楽しみます。 ... 「感動手習帳」~芸術をじっくり予習、楽しく反芻。 オペラ、文楽、能など芸術全般を横断的に、「おとな」の視点で楽しみます。

大日本帝国憲法第一条 - nonbeiの日記
nonbei.hatenablog.jp/entry/20120228/p5
1.「しらす」と「うしはく」 井上毅は、これから起草する憲法の根幹とすべき「民族精神・国民精神」を求めて、徹底的な国史古典研究を続けたが、その過程である重要な発見をした。 それは古事記において、天照大御神 ...

「第十五回 祭祀と統治」青少年のための連載講座【祭祀の道 ...
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青少年のための連載講座【祭祀の道】編 第十五回 祭祀と統治 すめろきは いはひまつりて しろしめす くにうしはくは たれしいきほひ (天皇は祭祀して知ろしめす 国領く(統治)は垂れし(基づく)勢ひ(権力))

・復奏(カヘリゴト)

H26年10月19日投稿  (H26年10月15日初稿)
「復奏(カヘリゴト)」について。

「復奏」は「復命」と書いてもよし。「覆奏」と書くと意味が違ってしまうので本来は間違い(「覆」は「復」の旧字体ではなく別の字)。「復命」は「報命」「反命」ともいい、意味は同じ。しかし神道の用語としては「復命」「復奏」が使われ、「報命」「反命」はまず使われないが、必ずしも間違いだとも言い切れない。重要なのは「カヘリゴト」という大和言葉であって漢字表記ではない。

『古事記』には「復命」と書いた例はなく、「復奏」8ヶ所「覆奏」6ヶ所、計14ヶ所ある。

(○印が復奏、×印が覆奏)
○天之菩卑命〜天若日子の段
○同上
○同上
○同上
○建御雷
×海宮から御子を送る鰐
×崇神記・埴安彦の乱
×垂仁記・品智別命
×景行記・出雲建
×景行記・弟橘媛(※注)
○仁徳記・隼別の乱
○顕宗記・御陵の土

(※注)
弟橘媛のところは、日本文学電子図書館というサイトにある古事記は「復奏」になってるがこれは岩波の古典文学大系と日本思想大系の両方で校異を調べたところ、本当の原文では「覆奏」になってることが確認できた。よってこのサイトの単なる入力ミスだと思われる。

「復奏」と「覆奏」のちがい
本居宣長は『古事記伝』の中で海幸山幸の段の「覆奏」に注して「中巻にも如此書り。覆は復なり。書紀にも、復命を服命とかき、萬葉に都を堵と書るたぐひ、往々あり。みな音の通ふままに、あらぬ意の字をも書ること、古書の例なり。漢籍にも、覆奏と云ことあれど、其は異意なり。又漢には、覆を復と作る例はあれども、復を覆と作ことはなし」といってる。漢語では「復奏」と「覆奏」は意味が異なり、「覆奏」は「何度も調べなおしてから申し上げる」の意味。しかし『古事記』は「復奏」の意味で「覆奏」と書いてる。漢文だったら「覆奏」は誤りで「復奏」に統一しなければならないが、『古事記』の文章は漢文ではないのでセーフ。なんか秀吉が「醍醐」って字が思い出せない役人に「大五」と書けばいいじゃんって言った話と同じ理屈か。ここは宣長が贔屓の引き倒しじゃないのかと思われる。借音はいいのだが、よりによって字形が似すぎ。ここは単純に間違いってことでいいような気がする。

「復奏」と「復命」は同じ
また天之菩比命の段の「復奏」に注してこうも言ってる「加幣理言とは、使ノ人の還て申ス言と云意にて、加幣理は其ノ使に係る言なり。然るを今京になりて後、答歌を返しと云から、加幣理言をも、彼方の答へ言の意と思ふは、違へり。漢文に復命と云復は、かの返しと云に當れり。加幣理言の加幣理には當らず。さて中昔の物語文などに、加幣理言を、唯加幣理とのみ云ヒ、又御ム加幣理と、御を添ヘて云るなどは、違へることなれど、是レらは後に轉りて、加幣志と加幣理と一ツになれるなり」。復奏(かへりごと)は派遣された者が帰還(=カヘリ)してから報告するのが原意であって、命令者の言葉に返事(=カヘシ)することじゃない、と。漢文の「復命」は後者(命令者の言葉に返事)でこの復は言葉に答えを返す(報告する)こと、「復奏」の復は往路・復路というときの復路(かえりみち)で、同じく「かえる・かえす」といっても復命の復は【返】、復奏の復は【帰】の意味。しかしこの話は、あくまで単語の構成のしかたが違うって話であって、カヘリゴトの当て字として「復奏」はいいが「復命」はダメって話になるのはおかしい。『日本書紀』(神代巻しか調べてないが)には「復命」4カ所(月夜見尊、天稚彦2ヶ所、経津主命)、「報命」3ヶ所(伊弉諾尊、天穂日命、天稚彦)出てくるがすべて遠方に出かけた人が帰還して報告する意味に使ってる。これはつまり、遠方に出かけた以上、帰還しないと「復命」もできないわけだから、単に「復命」という字を使っただけでも言外に「カヘリゴト」の意味が含まれてしまうからだろう。「復奏」にしたってそもそも帰還するのはきっちり報告する(復命する)ためだろう。復路を帰還してくることと、上司に言葉で報告することは一体で切り離したら意味がない。復命は「反命」「報命」とも書くが結果的に全部「復奏」と同じ意味になる。


上から下に言うのは「のる」(詔・宣)、
下から上に言うのは「まをす」(申・白)。
ミコトはノリ、カヘリゴトはマヲス。
ミコトノリ(詔・勅)を受けた人が「ミコトモチ」(宰・司)、
ミコトモチは必ずカヘリゴト(復奏・復命)しなければミコト(命)が完結しない。
ミコト(天命・召命・使命)
プロフィール

浅草橋キッド

Author:浅草橋キッド
どこから見ても平凡な、一介の町人です。

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