FC2ブログ

・神々は目に見えない。人間のような肉体はない。

H28年6月21日(火)改稿 H28年6月15日(水)初稿
島の名に「の」が入るのと入らないのがあるのはなぜ?
この日は古海さんからの質問があって「島の名に「の」が入るのと入らないのがあるのはなぜ?」というのだが、確かになぜなのか。例えば津島(対馬)を「つのしま」と言ったらなぜだめなのか? 隠岐の島を「おきじま」と言ったらいかんのか? …という問題がある。「そういうことになってるから」では言い訳にならない。なぜなら、神話は起源を語るものであり、起源とは、伝統や習慣に先立つものだからだ。
ここで「つのしま」や「おきじま」をOKとしたとして、大島はどうか。大島は「おほのしま」と読んだらやはりへんだろう。「おほ」は名詞でないから「の」でつなげない。大島という名の島は日本に5万もあるという。「の」でつなげないのは、島の特徴を修飾語で限定するとはいっても、限定の度合いがゆるくて特定の一つの島に絞りこむ力が弱い。単に大島といっただけでは伊豆の大島なのか奄美の大島なのか周防の大島(屋代島)なのか越の大島なのかわからない。だから「〜〜のおほしま」というわけで、吉備児島(きびのこじま)の児島も同じく「このしま」ではなく「こじま」なわけだ。ここで「大島」と「児島」がセットになっているとも思える。日本書紀では「吉備の児島」は同じ読みで「吉備の子洲」と書かれるが、「児」も「子」も当て字で意味は「小」だろう。
女島(ひめじま)も同じだろう。「ひめのしま」と読んでもいいようにも思われるが、豊後の女島なのか伊勢の女島なのかわからないという意味では、やはり「〜〜のひめじま」なのだろう。男島(ひこじま)とセットなのかも知れない。
しいて比べれば、「の」でつなぐのは単語の連結度合いが弱く、直接くっつけるのは「一単語化」の度合いが強いわけだが、格別に比較の対象がない場合にはどっちでもいいのではないか。淡道之穂之狹別嶋は島名と神名が別々になっておらず、これだけ名前が一つしかない。しかし見れば想像つくが、これは正しくは「淡道島、名は穂之狹別」とあったのを誤記しただろう。淡道島・筑紫嶋・伊伎嶋・津嶋・小豆嶋・知訶嶋は、どれも「の」の字入れてもいいし入れずに読んでもいいように思う。
ただし、伊豫之二名嶋・隱伎之三子嶋・兩兒嶋・佐度嶋については「の」の字が要る。三子(みつご)と両児(ふたご)については日本書紀に「隠岐島を三子に生みたもう」とか「隠岐と佐渡を双子に生みたもう」とある。前者は島の形の説明で、隠岐の島を三子というのは通説では角度によって隠岐諸島が三つの島にみえるからというのだが、そしたら、後者は隠岐が誤入で、双子に生むというのは佐渡のことだろう。佐渡も角度によって二つの島にみえるという。両児だの三子だのという単語は島形を説明するために後から割り込んだ言葉だからつながりが弱いので「の」でつなぐ。
秋津嶋の「つ」は「の」と同義とする説が多いがそれなら「あきのしま」でも「あきじま」でもいいのか? この「つ」は接続助詞ではなく「あきつ」で一単語だろう。ただ島名になった時には接続助詞の「つ」のニュアンスも生じたために「あきつのしま」とか「あきつじま」という語感に違和感があり、それで「つ」が接続助詞も兼ねるような感じになったもの。

「ミトのマグハヒ」の意味
「性交する」の意味で「まぐわう」という言葉を使う人が時々いるが、これは古語ではない。おそらく戦後になってから小説家とかが使い始めた言葉だろう。「まぐわう」という動詞は古代にも中世にもない。古語のマグハヒは名詞で、「まぐはふ」と活用した例はない。またこの単語が性交の意味だというのは後世の解釈説であって、本来の意味が性交だったとは限らない。美斗能麻具波比(みとのまぐはひ)の「能」は助詞の「の」という通説に従う。ただ、具の字は濁音[gu]でなく清音の[ku]の可能性がある。このへんの話は古事記の音表記の問題として後日まとめたいと思うので今回は詳しくふれないが、いずれにしろ語構成は「マ」+「クハヒ」。日本書紀では複数の箇所で様々な書き方をしているがみな交合(性交)の意味の漢語をマグハヒと訓読させるもので奈良時代の解釈に基づく後付けの援用だから参考にできない。古事記では一ヶ所にしかでてこない(ただし「目合」という言葉は3ヶ所ほどある)。マグハヒは、本居宣長は「巧く交(く)い合う」(食い合う・噛み合う)の意味であって「目線が交いあう」(目を合わせる)ではないというが、現在ではむしろ「目を合わせる」の意味だという説が主流。他に異説として「求(ま)ぐ」からきてて「求め合う」意味だという説もあり。宣長は他の箇所にでてくる「目合」をもマグハヒと読んで同じ言葉としているが、字づらからは「目を合わせる」意味に受け取れる。しかし「目を合わせる」だけでは男女間の交合の意味にはならないから、これを性交だというには婉曲表現か比喩表現としなければならない。そこでミトの解釈がでてくる。宣長はミトは御床(みと)で寝所の意味というが、現在の学界では男女の性器のことだという。ミトのトは水路をさす「水戸」のトとも同源で狭い通路のことを「ト」といい、男女の性器も「狭い通路」なので同じく「ト」というのだと。大国主の章で「美刀阿多波志都」(みとあたはしつ)とあり、これがミト(性器)を与えたの意味だとする通説もあるがたった二ヶ所しかないのでは同語なのかどうかも不明で従えない。ここのミトはぜんぜん別の言葉だと思う(「美刀阿多波志都」の解釈は別の機会に譲る)。で、ミトとマグハヒがくっついてミトノマグハヒとなると、宣長説では「寝所でウマく交み合う」で性交の婉曲表現となる。「寝所で目を合わせる」でも婉曲表現といえなくもない。しかし通説ではミトは性器のことだから「性器が巧く噛み合う」ならよいが、「性器に目を合わせる」ではすでに性器といってるのに「目をあわす」はおかしくないか?「視線」を持ちだして婉曲する意味がないように思う。クハヒの語源が「交ひ合ひ」なら、視線を合わせるというのは対象の静物に視線を向けることではなく、カップルが見つめ合うことだろう。ところで、オカルト的には(神秘主義的には)「視線を向ける・見つめる」のは漠然と見ることではなく、念(または念力的なエネルギー)を一点に集中させることで、それ自体が何か情況をかえる・新しい事態を「生む」行為なのである。ここは目に見えない神々が世界で初めて万物を生むシーンなので、人間のような具体的な性器(物理的身体)による交合を前提とする必要はない。従ってミトについては寝所説も性器説も誤りと思う。わずか2音節しかなく、奈良時代にすでに古語になっていたとすれば、奈良時代までしか射程のない国語学では詮索するのは無理なわけで、ここでオカルト的な解釈を試みるのもまた一興だろう。マグハヒが前述のような神秘主義的な意味があるとしても、マグハヒの一語だけでは必ずしも御子神たちを生む行為とは限らないので、「ミトの」と限定することで神々を生む行為になるわけだろう。そういうふうに逆推すればミトとは「身止」とも思うが上代特殊仮名遣いでは「身」も「止」も乙類で、甲類のミト(美斗)とは合わない。国語学よりも長いスパンを想定している以上、別に奈良時代表記に拘泥する必要はないのだが、仮に乙類で考えると「霊外」(みと)だともこじつけ得る(神霊を意味する古語「ミ」を外に出す、つまり分霊をなす=子を産む)。マグハヒは子産みの意味ではなくて手段・方法であり、ミトの方が「子産み」の意味に近い単語なのであって、ミトのマグハヒは「子産みのための見つめ合い」とも訳せる。これは比喩でも婉曲表現でもなくて、この時代の神々は肉体をもたない霊的存在なのだから、目をあわすだけで神々を生み出したのであり、性器で交合したり子宮の中に子を妊んだりはしない。目に見えない霊的存在ということは肉体がないということであって、顔も手足も胴体もない。よって性器も子宮もない。

「クミド」の意味
久美度(くみど)は日本書紀では「奇御戸」と訓仮名で書いてるが当て字にかわりない。クミドは吉野裕子は「子産み所」の略というが、学界では本居宣長以来の「隠み所」とする説と「組み所」(男女が体を組みあわせる所)とする説が並立しているようだ。他に異説として「産屋」のことともいう。何らかの「場所」であることはみな同じ。しかし、もし通常の性交を前提とした場合、何らかの場所で性交するのは当たり前だし、人間の妊娠・出産を前提とした場合、何らかの場所で産むのも当たり前であるから、格別に物語の筋に影響しない限り、わざわざいう必要はないのではないか? しかし前述のオカルト説を前提にするならば、伊邪那美命には子宮はない。しいて言うならばこの地球それ自体が巨大な子宮だともいえるのであるが「産む・生まれる・死ぬ・あの世にいく」にも何段階もの階層性があるというややこしい話になるのでそこは触れない。とりあえず伊邪那美命には子宮はないので、御子神を誕生させる清浄な聖域を確保しなければならない、それがクミドで、「クミドに興す」というのはその場所に誕生させることなのである。喩えていえば、テレポーテーションする時にテレポート先に蝿が一匹まぎれこんでしまったために蝿と合体して「蝿男」になってしまったっていう有名なSFをご存知の人は多いだろう。何かが出現する時にはそのための空間を確保しなければならない。それがクミドだろう。というと、子宮は胎児より先に膨らむことはないではないかと反論されそうだが、子宮はいつでも妊娠できるようにつねに清浄に保たれてるのです。神社でも祭儀の時には拝殿なり本殿なりの祭儀上で四方祓いをなして場を清める。これは結界を張って一時的な聖域を設定するわけだ。子を産むというのも一つの神事なのである。単に「組み所」といっただけでは男女の身体が組みあう所のようにも思えて、寝所説や性器説と大差はなくなってしまうが、前述の通り身体は「無い」ので、視線を組み合わす(=男神の高産霊と女神の神産霊という創造の力を組み合わす)の意味である。

「体が無い」の意味
モルモン教は、米国産のキリスト教系新興宗教で、正統派のキリスト教からは異端とされ、日本でも飛鳥昭雄みたいなへんなのがいるが、斉藤由貴もモルモンだしまぁいいってことにする。モルモン教はそれぞれ自分の国の元首には敬意を払えという教えなのでまじめな信者ほど天皇を敬ってる。左翼が多い日本のクリスチャンの中ではまとも。似たようなのは、神の幕屋(現在のキリストの幕屋)とギリシア正教ぐらいしかない。まぁ幕屋は新興宗教だけど。中田重治のきよめ教会系の日本聖協団や東洋宣教会きよめ教会は今でも日猶同祖説なのか右寄りなのか不明。ここと幕屋はイスラエル支持なのかアレだが、このブログは政治問題を扱うブログではないのでその点はふれない。で、なんでモルモン教が出てくるのかというと、昔モルモンの宣教師のにいちゃんに連れ込まれた時(≒ついていった時)、彼らは「神が人間を造りました」というんだよね。絵をみせながら。その絵にはアダムとイブと白髪の爺さんが描かれていた。その爺さんだかおっさんだかは、バロムワンに出てきたコプーが質素な服装になったような、レインボーマンのダイバダッタが小ぎれいで上品になったような、マグマ大使のアース様が若返ったような、志村けんの神様コントに出てくるような、要するに典型的な「西洋風かみさま」の絵。そこで俺はこう訊いた「神様って姿があるんですか?」「人間そっくりなの?」「人間がこの世に造られる前から?」彼らは自信たっぷりにそうですって言うんだけど俺は信じられないね。聖書には神の似姿として人間を造ったとあるが、関口野薔薇先生によると、これは物理的に似せたという意味ではなく、精神とか魂とかの話で、人間の精神は神に似せて造られた、だから人間は誰しも善なる心を宿してるという意味である。神道ならば神の子だとか神の「分け御魂」だとかいいそうなところで、要するに意味は同じだろう。人間が、今の姿になったから、神が人間の前に顕現する時には人間の姿を借りるというのならわかる。これはインターフェースの問題にすぎず、神の本質にかかわる問題ではない。神道の場合、山の神、海の神、火の神、水の神がいるとして、人間の姿なのだろうか。万物に神(霊)が宿っているのは、人間の身体に精神が宿っているのと同じであり何もかわらない。姿というのは物理身体のことで、精神というものは物理的な意味での形をもっていない。従って山の神は「山」がその姿なのであり、風の神は「風」がその姿=現身(うつしみ)だろう。神道では偶像を作らないのは有名だが、それは当たり前で、神々には肉体がないのだから像を製作すること自体ができない。だから目に見えない神の依り代として神籬(ひもろぎ)とか御神体というものがあるわけだろう。神々が人間の姿をしているように想像するようになったのは仏教伝来してから、仏像になじむようになってから出てきた観念であって、古いものではない。仏像も最初の起源はともかくヘレニズム文明の影響で発達したことには間違いがない。すべての神々を人間の姿に造形したのはギリシア人の発明で、古代オリエントではあるいは人首蛇身、あるいは牛首人身のバール神あり、エジプトでも鳥の頭をもつトート神、隼のホルス神、犬の頭をもったアヌビス神、死者の色をしたオシリス神、コブラ、ライオン、羊などで表される様々な神があった。これらはトーテム信仰とか動物崇拝ではなく、姿をもたない神々を表現するための寓意画なのである(むろん時代がくだると寓意画を真に受けてそれが神の姿だと短絡するようになっていく)。伊邪那美命や大宜都比賣神、迦具土神などは頭・胸・腹・陰・左右の手足があったように書かれているところがあるが、伊邪那美命は大地の母神で大宜都比賣神は豊穣(繁茂地)の女神、迦具土神は火山噴火の神だから、その体というのは地形をいっている。頭は山頂、胸は丘陵、腹は平野、陰は渓谷、左は東方、右は西方、手は周辺の小山地や小丘陵、足は周辺の河川。伊邪那岐命は父なる天空神だから、その左右の目とは太陽と月のこととなる。天照大御神の姿は当然太陽そのものである。あるいは神々が活動する別なところでは、頭は知能、胸は情念やエネルギー湧出力、腹は意志やエネルギー蓄積力、陰は余剰エネルギー排出力、右は物質的側面、左は精神的側面、手は創造力とか手段方法、足は移動能力とか居場所をいっている(やりようがないことを「手がない」、交通機関がないことを「足がない」と云うが如し)、しかしこれは擬人法(=喩え)だというのも不正確で、「手は手段方法、足は移動能力」というのは喩えではなく、もともとそういう意味なのであり、だから人間の手をテといい、足をアシという順番になる。なぜなら人間が存在するようになる前から神々は存在したからだ。言葉もまた人間に先立つ。神話では岩や草までしゃべっていたとある。動物同士、虫同士も会話をしているが、波長だか観念だか水準だかに落差が大きいと、それを言語と認識することができない。バイキンもバイキン同士、人間の細胞の一つ一つも、原子や素粒子もみな自意識をもって会話している。自然界のあらゆる物体、あらゆる現象の背後にはカミという自意識があって会話しているし、惑星と惑星、銀河と銀河も会話をしている。それらを人間は認識できないが、同じように死者の会話も、神々の会話も普通は認識することができない。それができるのは通訳が入った時だけだ。我々が通常「言語」といっているところの「人間の言語」というのは、それら広義のコトダマの中の、ごく狭い一部の波長帯だけを取り出して「言語」と称しているにすぎない。

・土地の人格化?

H28年3月17日(木)投稿 H28年3月16日(水)初稿
おのごろ島と国生み
土地の人格化?
(※後日執筆予定)

・日の本は涯(はて)まで富士の裾野かな

H30年8月29日(水)改稿 H27年10月27日(火)初稿
プレート理論と「日本沈没」
まぁなんつーか俺が小学生の頃は、日本列島は大昔はアジア大陸の一部で、日本海が陥没して日本列島が出来たんだ、なんていわれてたものだが、今は否定されてるらしい。最近の地質学ではそうではなくて、大陸の沿岸部にあった山脈が地殻変動で大陸から切り離されて日本列島になったってことらしい、ざっくりと言うと。
大陸との裂け目が広がる時、真ん中へん(今の関東あたり)から裂けていき、津軽や北九州のあたりは大陸とくっついたままなので北海道・東北は北海道を回転軸として反時計回り、中部・西日本は北九州を中心軸に時計回りで45度くらい傾いたことになる。まぁこれもあくまで現在の有力説の一つってことで、これが本当かどうかはまだわからない。あと、昔とたいして変わってない話もある、それは、日本列島はユーラシアプレートと太平洋プレートがぶつかる場所にあり、太平洋プレートがユーラシアプレートの下に沈み込んでる。で、下に引っ張られた太平洋プレートが跳ね返って元に戻る時に地震がおきる。この沈み込みに日本列島が巻き込まれると「日本沈没」となるわけだが。

西ノ島新島の例「島が生まれる」ということ
「国生み島生み」と呼ばれる神話。伊邪那岐命・伊邪那美命が、大八洲(おほやしま)を産んだという話なんだが、もちろん伊邪那岐命・伊邪那美命は「この世のはじめに万物を産んだ」わけで、聖書でいえば天地創造みたいな話に該当する。当然、日本列島も二神が産んだんだが、「島が生まれる」とはどういうことか。
昔はアニミズムだの自然崇拝だのと言うけれど、言ってる現代人がその意味をよくわかってないのではないか。自然信仰は、観念や想像ではなく、現実の自然とのふれあいに基づくだろう。「ふれあい」というのはわざと現代人が納得しやすいようにいったのだが、自然観察なしの「自然とのふれあい」などはありえない。自然のやさしさに感動し、自然の恐ろしさに畏怖する。自然崇拝と自然観察とは表裏一体である。そして、自然観察という土台の上にあるという点では自然科学も同様なのである。神話も科学も、「世界の成り立ちや仕組みを説明する」という意味では同じものなのである。
小笠原諸島の「西之島」が平成25年(2013年)11月20日に噴火し、その後、どんどん面積が広がっていく様はネットでもかなり話題になった。1年後には面積が10倍になったとも聞く。小笠原諸島はかなり遠い海の彼方だから、一般人が目撃することはなかったが、多島海に囲まれた火山列島日本では海底火山の爆発やそれによる新島の出現、隆起などが漁民などに目撃される機会が、諸外国に比べてかなり多かったのではないか。一度でも目撃されれば、そのスペクタクルと話題性は10年もつどころでなく半永久的に言い伝えとなっただろう。そして「なるほど、島とは、陸地とはこうして生まれるものなのだな」と納得もされたろう。伊邪那岐命・伊邪那美命の国生み島生みの神話は以上のような観点から読まれるべきだろう。
「塩こをろこをろにかきなして」は「潮水をゴロゴロとかき回し鳴らして」と訳されている。火山噴火の爆音ならドカーンとかバーンとかいいそうだが海底火山は水中なので低く篭った感じの爆音になる。そして火山爆発の後に、隆起があって水面に陸地が広がる。大八洲(おほやしま)がこうしてできた。西之島の場合も、まず火山噴火があって、しかるのちに陸地の拡大があった。爆発と隆起で2段階になってる。

超巨大海底火山「タム山塊」の発見
ところで西之島が噴火した日の2ヶ月前、平成25年(2013年)9月5日、英国の科学誌「ネイチャージオサイエンス」(Nature Geoscience)に、太陽系最大規模の巨大な海底火山が日本列島の東1600kmの沖合に存在していることを発見したという論文が載った。「タム山塊」といい面積は英国とアイルランドを合わせたぐらい、高さは約3500m。存在自体は知られていたが以前は複数の火山の集合体だと思われていた。今回これが単一の火山であることがわかったということらしい。

(※4枚ともクリックして拡大)
29614151.jpgタム山塊7955ca1a.jpg58cbaf73.jpg
一見したところ日本列島は樺太、北海道、本州、四国、九州の五つの島の集まりにみえるが、日本列島の地形をみる時、海岸線だけみていても水面下の本当の地形はわからない。海水を取り除いて本当の地形をみれば、北の千島列島と南の小笠原列島が米粒のような島々ではなく巨大な海底山脈であるのがわかる。それも、千島列島から北海道、東北、関東、そして伊豆七島、小笠原諸島へと大きくひとつながりとなって、弓型というか半円状につらなっているのがわかる。この地形は前述のタム山塊を火山の中心としてみると、巨大なカルデラの外輪山の西半分のようにみえる。東半分はないが海流で侵食されたのと噴出物が海流で西に流されて西側の外輪山に堆積物として付加されたのか(「∪型(馬蹄形)カルデラ」というものも元からある)。カムチャッカから南東に向かって「天皇海山列」という歴代天皇の名がついた山々が転々と伸びてて、これも東側の外輪山の残骸痕跡ともみえる。ともかく、西側の弓なり(半円型)の海底山脈(千島〜東北〜小笠原)に沿って、千島海溝、日本海溝、小笠原海溝があり、この三海溝もつながって細長い一つの海溝とみることも出来るだろう。そしてこの海溝は太平洋プレートがユーラシアプレートに落ち込むところなわけだが、プレートの落ち込み場所では落ち込んだ岩石が地下で融解してマグマとなって上昇するため火山地帯となる、それが千島列島も日本も小笠原諸島もすべて火山帯である理由だという。プレートの動きとタム山塊との関係はよくわからないが「カルデラ外輪山説」からするとタム山塊が火山活動をやめた後に二次的に派生した火山活動にみえる。

日本列島の誕生
このタム山塊は当然ながら地球最大の火山(もしくは火山跡)で、ここが「天之沼矛」が最初につきささった地球のヘソともいうべきところだろう(似たような「ヘソ」は月面にもある)。そこを中心にしてできた外輪山脈の西端である「東北関東」の南端から、西南方向に山脈の枝を伸ばしてできてるのが中部以西の日本列島ということになる。古事記をみると最初の6島は「淡路島→四国→隠岐→九州→壱岐→対馬」というふうに東から西へ順に島が生まれている。これは外輪山脈の火山活動から続いて西へ次々と噴火や隆起が起こっていった様子を現してるのだろう。

・女が先に言っちゃダメなのか?

H27年(2015)11月17日(火)改稿 H27年10月27日(火)初稿
女から声かけちゃだめなのか?
蛭子が生まれた原因を『古事記』では「女の方が先に声をかけたのがいけなかった」んだ、といってる。で、これが女性蔑視じゃないのかというので問題にする人がいる。学者の説だとこれはもともとの古伝承ではなく、蛭子が生まれた理由を、中国の男尊女卑思想の影響で説明したものだ、つまり後付けで付加した部分だという説が多いようである。しかし、中山千夏みたいな女権フェミもこれに乗っかって、「昔の日本は女権社会で女の方が強かった、『古事記』のこの部分は中國の儒教思想で歪曲したんだ」みたいなことを力説してるので、本当かどうか、ちょっと検討を加えてみようと思う。

蛭子の誕生は「失敗」ではない
海外の類似の神話だと、最初に出来損ないが生まれた原因は近親相姦だとする例が多い。しかし、その後の続きの話が何パターンもあり、
(1)池や井戸の周りを回る儀式をして産んだら普通にまともな人間が生まれた、または穴をあけた筵(むしろ)を挟んで交接したらまともな人間が生まれた、という「正しいやり方」でやり直したというパターン(日本の西南諸島や台湾の少数民族の神話)
(2)蛭子のようなもの(肉の塊、手足のない子、のっぺらぼう等)が生まれたがそれを切り刻んでバラ撒いたら、それらの破片がみな人間になったというパターン(中国の少数民族の神話)
(3)最初に近親婚になってもいいのかを占って、吉とでたから結婚した。あるいは天神の命令により兄妹で結婚したというパターン(東南アジアや沖縄の神話)
このうちでは(1)が比較的イザナキイザナミの話に近いが、特定の儀式なり特定の性交のやりかたをすれば近親婚は許されるってことになる上、あまりに簡単な方法で、それでは近親婚を禁じている意味がない。この儀式だとか性交のしかたというのが記紀では天之御柱をめぐったり男女で声をかけあうという行為に該当してる。日本ではこの「許されるための儀式」に一度目は失敗したという設定になってるわけだ。
(3)は、近親婚は禁じられていたのではなく最初から不祥の原因でもなかったことを示唆する。記紀も近親婚が原因だとはしていない。
(2)は、結果的にうまくいったことになっており、蛭子の誕生は失敗でも無駄でもない。ただ、ひと手間足りなかったために一見失敗かと思われただけだったことになる。これが元々の形だろう。日本でも記紀では蛭子の誕生に食い違いがあり、古事記は国生みの最初に生まれて、ただの「葦舟」(あしぶね)に乗って流れていったというのに、日本書紀では「蛭児」と書き、神生みの最後、三貴子と一緒に生まれ、三年になっても足が立たなかったので「天磐橡櫲樟船」(あまのいはくすふね)に入れて流したという。この国生みの冒頭で生まれた蛭子と、神生みの最後に三貴子と一緒に生まれた蛭児は同じではないのではないか。最初に生まれた蛭子は肉塊のようなもので足は無かったか、あっても立たなかったので葦舟に入れて流したが、三年後の三貴子の誕生の頃に、成長してまともな神になって帰ってきたから、葦舟にかえて今度は天磐橡櫲樟船を与えたという話が原型だったのではないかと思われる。
もともと失敗ではないのだから、失敗の原因がどうのという話もなかったのだろう。これは失敗を改める話ではなく、よりよい子を生むための算段なのであろう。記紀では蛭子と淡島の二つしかないが、外国の神話では、ミミズ、なめくじ、カエルが次々に生まれたともいう。つまり今のやり方だといつまでも蛭子的なものしか産めないので、違ったやり方を模索しようという話。
と、そこまではいいとして、どうして女が先に声をかけるとよろしくなくて、男が先に声をかけると良いのか? 男尊女卑だから? 中国の男尊女卑に関係づける説では、いわゆる「夫唱婦随」と「牝雞之晨」(ひんけいのしん)という言葉が引き合いに出される。本当に中国の男尊女卑の影響なのかどうか判断するためには、中国思想をちゃんと調べて知る必要がある。

「夫唱婦随」の本当の意味?
「夫唱婦随」は『千字文』に出てくる言葉で、たった4文字なので何通りも解釈できるが、注には夫が正しいことをいえば婦はついてくる意だという。しかし、間違ったことをいってるのに賛成されても困るし、正しいことに賛成されるのは当たり前なような気がする。この直前の句が「上和下睦」で、これは聖徳太子の十七条憲法にもでてくる。で『千字文』は前の句とセットで8文字づつ読むものらしい。なるべく広く解釈すると「上に立つ者が和すれば下位の者たちも仲良くなる、だんなが何かいえばよめさんが従うようになる」の意味かな? だんなが上位でよめさんが下位という前提のように受け取れるのが気になるという人もいるだろうが、その問題はさておくと、だんなが和(柔和)ならよめと睦(仲良し)になる、といってるわけで、毒にも薬にもならないような、さしたる問題もないような言葉に思える。ただし『千字文』の夫唱婦随は『関尹子』の「天下之理、夫者唱、婦者随。牡者馳、牝者逐。雄者鳴、雌者応。是以聖人制言行。而賢人拘之」からきているという。試みに訳してみよう。「天下の道理は、人間では夫が先に提案して婦が後から従う。獣ではオスが先に走ってメスが追いかける。鳥ではオスが鳴いてメスが後から応じる。この道理をもって聖人(りっぱな人)はおのれの言葉と行いをコントロールするが、賢人(聖人に及ばない猪口才なやつ)はこれに拘る(形式に拘る)」。これみると「夫唱婦随」に形式的に拘るのはよろしくないといってる。おそらくここの聖人とは男性を想定しているだろうから、女性に対しては男の方から提案したり話題を振ったりすべきだといってるようだ。なんだか男尊女卑とは話が違ってきてないか? 獣や鳥が例にでているから「自然から学べ」という趣旨でもある。自然界の現実みると、牝獣が追いかけてくれるとは限らないが牡獣は先ず走ってみせねばならないし、雌鳥が応じてくれるとは限らないが雄鳥はまず鳴いてみせねばならない。自然界では交尾の相手を選ぶ決定権はメスがもってることが多く、これは人間にも当てはまるのは皆様ご存知の通り。夫唱婦随は男尊女卑どころかよめの機嫌取りに四苦八苦するだんなの絵が浮かぶ。夫が唱えたからって婦が従うとは限らないから、どうすればいいのかってことで『千字文』の「上和下睦」ってことになるのかな。

「牝雞之晨」(ひんけいのしん)
夫唱婦随とはまた別に「めんどり時を告げれば国滅ぶ」という諺(ことわざ)もある。四字熟語で「牝雞之晨」(ひんけいのしん)ともいう。原典は『書経』牧誓篇で 「牝雞は晨(とき)する無し。牝雞の晨するは惟(こ)れ家の索(つ)くるなり」 とあり、訳せば「めんどりは夜明けを告げて鳴くことはない。もしそういうことがあったらそのめんどりを飼ってる農家は財産が底をつく」という占いみたいな話(?)。これは周の武王が殷王朝を滅ぼす時の言葉で、妲己(だっき)という悪女が殷の紂王をたぶらかしていたことをさすといい、後世一般的には女性が権勢をふるってろくでもないことになる喩えに使われる。女性が政治に口を出すことをめんどりが夜明けを告げることに喩えているわけだから、女は政治するなというのがもとの趣旨。中国では夏の末喜、殷の妲己、周の褒姒、漢の呂后、唐の則天武后、清の西太后など権力とむすびついた悪女が多いイメージがあるが、統計的なものでもなく公平でない。日本や西洋にも女性権力者は多いが格別それで世が乱れたということもない。「牝雞之晨」夜明けを告げる鳴き声というのは高らかに宣言するイメージがあり、女性が政治的なリーダーシップを取ることは当然あっていいだろう。狼の群れでもメス狼が群れのボスになることもちょいちょいあるそうな。
しかし国家の政治指導者の話と夫婦の話はこれまた違うのではないか。周の武王がこの諺を作ったわけではなくて、もとからあった諺をもちだしたものだろう。で、政治に当てはめたからややこしいことになったが、もとの諺の趣旨はあくまで家庭内の夫婦の話の暗喩だろう。よめが何かだんなの代理をしてるのか男の役割を担って、それがなぜか家財の浪費につながるような例をいってるらしいが、何の事だかよくわからない。現実には、夜明けを告げるという役目が重要であるのならば、時刻通りに鳴いてくれさえすればおんどりだろうとめんどりだろうと、いっそのことニワトリ以外の何かでも一向に差し支えはないはずだし…。何かの喩えではあるんだろうが謎だ。

男女の性差とコミュニケーションギャップ
「夫唱婦随」にしろ「牝雞之晨」にしろ中国の特定の文化の枠組みでの話なので、現代の男女平等を前提にいくら好意的に解釈しても「でも、それって男女いれかえても成り立つんじゃね?」って話になってしまう。これはこの諺を現代人に都合よく歪曲してるだけで、正しく解釈しているとはいえない。しかしいずれにしろ、『古事記』のこの部分は中国の男尊女卑思想の影響だという通説は受け入れがたいと思う。既述のように、後から言う方に決定権があるともいえるわけで、「先に言う」のが優位で「後に言う」のが劣位だとはいえないからだ。
『古事記』の該当個所は「性差はある」って前提での話だから、現代人にも実感として理解できる性差の話からしたほうがいいのかもしれない。
女性は左右の大脳をつなぐ脳梁の情報交換量が多いため、男からみると異常にカンが鋭く、男は女からなんでも見抜かれてしまうような気になる。男は女の機嫌が悪いとなぜかあたふたしてしまうので、どういうわけか本能的に女の機嫌をとってしまいがちじゃないだろうか。コミュニケーション能力の性差があるから平等にすると男の方が不利なように思う。先回りして男を誘導してしまう女性の力を、カタカムナの関係者は「前駆流」といってる。言葉ってのはコミュニケーションのごく一部で、水面下の氷山のように、言葉以外の、態度とか表情とか仕草とか、なにげないやりとりが日常的コミュニケーションが9割をしめている。「言葉」に出る時にはすでにいろんなことが決まった後で、女はその9割を理解してるけども、男は言葉や理屈だけで生きてるので、先に「言葉」をかけてるといっても、実は女が敷いたレールの上を走ってるだけだったりするんだよな。

性差と役割
別に男女の役割が逆転してようと、役割なしに完全平等だろうと、なんでもアリだろう。それはそれぞれのカップルが自分たちの個性にあうように、好きにすればいいわけだが、「なんでもあり」というのは、野生の獣や鳥のように本能に従ったパターンだけで生きてるのと違って、人間は知性による補正で個性のまま生きることができる程度には高等生物だからだ。だが性差はあるんで、以上に述べた性差の話も、以下に述べる性差の話も、ともに個別の話ではなくあくまでも平均値や一般論として聞いてくれないと困る。
女は概して保守的で安全牌を選ぼうとする。男はバカだから冒険するんで、「天才とバカ、英雄と敗残者は紙一重」ということと、「天才と英雄は男しかいない」ってのは実は同じことを意味している。すべてお見通しの、わかってる利口なやつは危ないことはやらない。しかし冒険や挑戦がなければ進歩もない。女が先に何か言えば、男は余計な苦労したくないから何のアイディアも出さず喜んで女に追従してしまうので、平和で安寧な道がひらけはするが、その先には男を窒息させる退屈があるだけで、危険も進歩もない。蛭子の誕生は失敗ではなかった、と書いたが、確かに失敗ではない。が、永遠に蛭子だけ生んでればいいのか。それでは世界は創造されなかったろう。半端にかしこい者はユートピアを作ろうとしてデストピアを作ってしまうのだが、バカは歴史を作るのである。

・蛭子(ひるこ)

H27.7.19.SUN更新 H27.7.15初稿
蛭子と恵比寿の話。恵比寿の話は中世の信仰の話だから、「古事記」とはちょっと趣旨がずれてしまう。
蛭子と恵比寿は別々のもの
どっかの説によると、海に流し捨てられた蛭子(ヒルコ)が、淡路島に流れついたという伝説があるらしい。しかし似たような話はあちこちにあり、いちばん有名なのは兵庫県の西宮神社だろう。ここは恵比寿様の総本宮ですな。とはいってもまぁ蛭子と恵比寿(エビス)はもともとは関係ないんで、この話は別々にあったものを室町時代になって「くっつけた」(こじつけた)わけです。でも、その結果できあがった「ヒルコ=エビス」という前提での一連の物語(捏造神話)は面白くて魅力があるから、どうしてもこれを信じたいって人は跡を絶たない。「こころにささる以上、この話には真実がある」、と思うのはまぁ百歩譲っていいとしよう。しかし、奈良時代の稗田阿礼や太安万侶からするとそんな訳の分からない話は知ったこっちゃないわけよ。エビス神については以前にも、完全には程遠いが書いたので「えびす神」のページも参照されたし。

「ヒルメ」に対する「男の太陽」、ではない
古事記では「水蛭子」と書かれているけれども、「水蛭子」ってのは漢文でヒルのことだが、水蛭でない蛭ってのが別にいるわけではないのと、現代語としても古語としても、とくに紛らわしくなるわけではないので、まぁ「蛭子」でいいだろう。
このヒルコを「ヒルメ」(太陽の女神)と対になる太陽の男神とする説もあったのだが、現在ではほぼ否定されている。興味あらば詳細はwikipediaの「ヒルコ」のページからリンクされてる3つの論文(pdf)でも読んで下さい。

神々も過ちを犯す
世界の神話を比較してみると、最初に生まれた子が出来損ないだった・手足が無かった・肉塊が生まれた・蛇や蛙が生まれた、等という神話が多いが、日本もこれらと似たような話になっている。キリスト教の神ならば全知全能だから誤ることはないが、日本の神々は過ちを犯すことがある。でもそれを改めてやり直すことができる。天照大神や須佐之男命、大国主神などのように、日本の神々は一度犯した過ちを改めて成功する神であり、失敗を踏まえて成長する神なのである。

その過ちは近親婚ではない
世界の神話をみると、最初に出来損ないが生まれてしまった原因は兄妹で近親婚だから、と説明するパターンが多い。しかし、日本では近親婚には寛大な文化があり、ここでも蛭子が生まれた原因を近親婚だとはしていない。ただ男女の声かけの順番だけを問題にしている。そこでやりなおして、「国生み島生み、神生み物生み」が成就する。ただし、日本が世界でもっとも近親婚に寛大、というわけではなく、日本では父娘や、母息子の間では近親相姦とされて厳禁された。古代の世界ではペルシアやエジプトのように親子の近親婚も認められていた文化もあるから、日本がもっとも近親婚に緩かったとはいえない。それと同母の兄妹間では禁じられていたが、異母兄妹ならば許されていた、という通説はかなり問題がある。これについては「木梨之軽太子の変」のところでも多少は書いておいたが別の機会に譲る。

捨て子なのか家出なのか
「葦船に入れて流し去(う)てき」とか「流し去(や)りつ」とか読まれているが、これだと親が子を捨てたように読める。だがそうではなく、未熟なものを育てるために旅に出したのであり、虚弱なものをいつまでも手厚く守っているとその子は永遠に虚弱なままで終わる。「流」も「去」も自動詞に読める字だ。「葦船に入りて流れ去(い)にき」「流れ去(さ)りつ」とも読める。こう読むと蛭子が自分で勝手に流れていったことになる。生き物は自ら経験を求めようとする本能がある。だから子供は親が目を離した隙に、勝手に好きな所にいってしまう。だが子供を縛り付けないで、遊びにいくのを黙認するのも親である。親の意志で流したのか、子が自分で好きに流れていったのかはどっちという問題ではない。子が未熟なうちは親子の自意識は未分化なものだからである。

蛭子の存在意義
記紀では、神話の冒頭で伊邪那岐命・伊邪那美命がこの世の森羅万象を生むわけで、ここは聖書でいえば天地創造にも該当する部分になる。キリスト教の唯一全能神は一瞬で世界を創造することもできるのだろうが、古代日本人はそういうふうには考えなかった。「次に…」「次に…」「次に…」と段階的に世界のあらゆるものが生まれていく。海から湾へ、山から野原へ、草が木が生まれ風が吹き、最終的にもっとも素晴らしい「三貴子」(みはしらのうづのみこ)、天照大神・月読命・須佐之男命が生まれた。最初からいきなり三貴子は生まれない。最初が蛭なのは、たぶん人の目に入る生き物の中でもっとも単純で原始的な形をした生き物だからだろう。最初は簡単なものでよい(=出来が悪くてよい、レベル低くてよい、凡作でよい)のだが、致命的な失敗なのではない。自分の子が東大に受かったり大企業に就職したりすれば親はうれしいだろうが、赤ん坊の時にハイハイしたり、つかまり立ちしただけでも親はうれしかったはずである。幼稚園レベルの積み木もできないようなら、小学生レベルの工作もできないし、自動車も飛行機も当然つくれないだろう。だから蛭子が生まれたということは将来「三貴子」が生まれるための第一歩なのであって、ある意味めでたいことなのである。

蛭子神(ひるこのかみ)でも蛭子命(ひるこのみこと)でもない理由
大事なことは、記紀では蛭子神(ひるこのかみ)でも蛭子命(ひるこのみこと)でもなく、ただの蛭子で、これは子の例に数えない、神々や島々が「子として」生まれたが蛭子は「子のうちに入らない」としていること。これは「あらゆる物を神とする」アニミズム的多神教の発想ではないように思うかも知れないが、そうじゃない。ここでいう蛭子は固有名詞ではなく、普通名詞なのである。海外の神話でも、最初に生まれた子が出来損ないだった・手足が無かった・肉塊が生まれた・蛇や蛙が生まれた、等という神話が多いことは前述の通りだが、それらに固有名詞がついている例はない。蛭子は理屈からいうと伊邪那岐命・伊邪那美命から生まれたのだから子でよいはずだが、「子の数にいれない」というのは「即物的に蛭子そのものが子でない」、という意味ではなく、おそらく蛭子というのは複数名詞なので、個々の蛭子は子だが全体として「特定のある一人の神」というような存在ではないということだろう。だから蛭子神(ひるこのかみ)だとも蛭子命(ひるこのみこと)だともいってないわけだ。
プロフィール

浅草橋キッド

Author:浅草橋キッド
どこから見ても平凡な、一介の町人です。

カテゴリ
最新記事
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧

新語拾遺
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
検索フォーム