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・火の神カグツチと「泣き女」?

H28年7月20日(水)初稿
迦具土の読み
輝くという言葉は奈良時代には「カカヤク」であって「カガヤク」と濁る例はない。なので迦具土のカグも「輝く」ではなく、においを「嗅ぐ」意味にとって「火が燃えるにおい」の意味だという説がある。しかし古事記はニンベンを省く書体を用いる例が多い。ニンベンを省くのは金石文の書体だが、太安万侶はこれを古風な書体として採用したのだろう。迦具土の具は「倶」の略字で発音は[gu]でなく[ku]。カグツチではなくカクツチ。従って迦具土のカクは「輝く」の意味でよい。まぁ、とはいっても、現代語では輝く(カガヤク)と濁るようになっているので、現代人が現代語でいう分にはカグツチと濁って発音したほうが言いやすいだろう。あくまで現代語ってことで。

川口興道の『太古日本の迦具土』
迦具土の神話のところは昔から火山噴火をいってるという説と、刀剣の鍛造(刀鍛冶)の過程を表現しているという説があるが、川口興道の『太古日本の迦具土』をもちだすまでもなく、幻想的かつ壮大なる大自然神話としてみた場合、後者の説の矮小感は否めない。オセアニア等の海外の神話との比較でいうと、ここは黄泉国の神話とも密接に関係している火の起源を語る神話だろう。なので火山噴火の描写という説のほうがよい。刀剣のイメージは比喩表現に使われた単語に引かれたものにすぎない。

泣澤女神は「泣き女」ではない
伊邪那美命が死んだ(というか本当は死んでないのだが)原因になった迦具土の誕生というのからして、火山噴火のことなのだが、噴火規模が大きいと地下水も一緒に噴き上がり、濃密な水蒸気が上空に雲をつくって、噴火が一旦落ち着くとそれが冷えて大豪雨になってまた地上に戻る。伊邪那岐命は天空神なのだから雨は天の神の涙なのである。豪雨の後は、ザーザー流れる滝のような川ができる。泣沢女(なきさはめ)の「泣」の字は「涙」という喩えに引かれて書いた文字で本来の意味は「鳴」(音を立てる)。「サハ」はたくさんの意味ではなくそのまま「沢」(水の流れ)の意味。だから泣沢女神というのは川の神なのであって「泣き女」ではない。たくさん泣くのなら「サハナキ」だろう。葬儀での「泣き女」なんてのは日本にはいなかったというのはこのブログの別のところで書いたが、大陸風の文化を珍重した奈良時代にはあるいはそういう解釈もあったのかもしれない。「御枕方(みまくらべ)に匍匐(はらば)ひ、御足方(みあとべ)に匍匐ひ」という表現は、葬送儀礼だという説があり、あるいは葬送儀礼のイメージが反映してるのかもしれないが、そうだとしても、あくまで奈良時代の表現であって、原始神話たる原形を損なった表現だ。神話が伝承されつつも変化していく様子がこれ。強いて本来の趣旨に則した解釈をするなら、大地を伊邪那美命の体として、噴火した山の山頂の方が「御枕方」、裾野の方が「御足方」であり、山頂の方で大雨が振り、降雨圏域が裾野の方にも拡大して降水量がとてつもないことになって川が形成される(=御涙に成れる神は泣澤女神)ということであって、葬送儀礼ではない。
ところで噴火には落雷がつきものなのは知られていると思うが、これは粒子の帯電現象によって起こる。これは水蒸気が濃いほど効率がよいので、晴れてる時の落雷と雨天の落雷では電圧が数百倍も違う。つまり噴火中に雨が降ると落雷も一層酷くなる。これが次の段で雷神である建御雷神(たけみかづちのかみ)の誕生につながっていく。

(※書きかけ中)

・UFO(空飛ぶ円盤)と日本神話

H28・6・24初稿
今日、6月24日は「UFO記念日」だか「UFOの日」だかで、正確には「世界UFOの日」というらしい。今年は69周年、来年70周年なので関連団体はなにかおもしろいイベントでもやってくれることを期待したい。この記念日の由来とか、これ以上の情報は各自で適当に検索して下さい。最近は「空飛ぶ円盤」という言い方はめっきり聞かれなくなったが、やはり何といっても味わいのある名前で好きだ。UFOが流行ったのも大昔のことで今じゃUFOといってもおっさんはピンクレディーかヤキソバしか連想せんわw そういう意味では毎年6月24日は今日のめし何にしようか悩まなくて済む日ではあり、ツイッターで検索したらヤキソバUFOの画像あげてる連中が大量に湧いててわろたw で、そのUFO記念日が古事記となんの関係あるのかっていうと、たいして関係はない。けど折角だからむりやり「UFOと古事記」について書こう。
「天の浮船」と神話に出てくる船のいろいろ
古代日本のUFOといえば何といっても「竹内文献」に出てくる「天の浮船」(あめのうきふね)だろう。天の空中浮船、天の空浮船ともいう。古代の天皇がこれに乗って空を飛び、万国を巡行したという。空飛ぶ円盤のようなものなのか飛行機のようなものなのかは不明。この話の真相については後述するとして、他に「天の浮船」に似たくさい話としては、日本書紀に出てくる「天磐船」(あめのいはふね)というのがあり、饒速日命(にぎはやひのみこと)がこれに乗って天からおりてきたという。しかし古事記にはそんな話は無いが、これは古代史マニアには有名なネタなのでいずれ取り上げる。あと、似たくさい名前としては記紀には「鳥之石楠船」(とりのいはくすふね)別名:天鳥船(あめのとりふね)というのが出てくる。これが天神(建御雷神とか)が降りてくる時に一緒に地上にきてるから空飛ぶ船であることははっきりわかる。他に、空は飛ばないが、无間勝間之小船(まなしかつまのをぶね)という潜水艇(?)が出てくる。この他に、古事記では「天之羅摩船」(あめのかがみのふね)、日本書紀では「熊野諸手船」(くまぬもろたぶね)別名:天鴿船(あめのはとぶね)というのが出てくる。が、これらは明らかに海上の船のことな上、あまりUFOと関係もなさそうなので今回は取り上げない。
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竹内文献の「天の浮船」
詳しくは後述するが「フネ」という言葉は、海面の上に浮く物というだけでなく空中に浮かぶ物をも元から含んでいた言葉ではないかと思うので、飛行機やUFOをフネというのはまったくかまわないとは思うのだが、「天の浮船」の出どころである竹内文献は戦前の偽書で、この部分は昭和10年代頃の作り話で、話それ自体は事実ではない。というと、インドの叙事詩にはヴィマーナという神々が乗る飛行機が出てくるじゃないか、という意見もあろう。ギリシア神話には太陽神ヘリオスの乗る空飛ぶ馬車が出てくる。まぁヴィマーナもこういう発想から出てきたもので直接飛行機があった証拠にはならないが、中国の殷の湯王は飛行機を作ったって伝説もあるし、もし超古代文明があったのなら飛行機ぐらいあってもいいという理屈はわかる。しかし古代文明に飛行機や空飛ぶ円盤のようなものが実在したとしても、それが「天の浮船」という名前だったということにはならないし竹内文献が本物だという証拠にもなおさらならない。「天の浮船」という名も、「天鳥船」「天磐船」と『源氏物語』の「浮舟」から思いついて適当に作った名前じゃないの? …というと、「おまえは竹内文献を信じないのか、神様も宇宙人も信じないのか、科学主義に洗脳されたアカデミズムの手先で日帝ヤマト朝廷でフリーメーソンなのかっ!この唯物主義者めっ!」…とは言われないと思うけど(言われたら面白いが)、そんなにいろいろ並べたら、まぁその中では信じてるのと信じてないのどっちもあるよ、そりゃ。といっても、俺もけして夢みるこころを失った暗黒軍団の手の者ではない。UFOも幽霊もツチノコも超古代文明もネッシーもゴジラもウルトラマンも仮面ライダーも万世一系もゾロアスター教もちゃんと信じてるネトウヨ、じゃなかった、善良な一介の町人なのである。ただ、竹内文献と日猶同祖説と後南朝と聖書は信じてないってだけで。だからUFOは信じてますがな、だって見たもん。出た、素朴体験論w「俺は見た」w UFOを初めて目撃したのは物心つくかつかないかの幼児期で、リング型の蛍光灯のような白く光る巨大なUFOが平行な状態を保ったまま斜め上に向かって上昇していくのがみえた。「あれなに?」と周囲の大人に訊くも周りの人はまったく別の方向をみていてUFOに気づいてなかった。小学生になってからの目撃は3回あるがうち2回は複数人でみたから個人の幻覚ではない。昼にみた不規則に動く白いUFO、あれはコントロールを失った気球か風船かもしれない。夜にみたオレンジに光るやつは飛行機のライトかとも思ったが、飛行機としたらありえない動きだった。そして妖怪図鑑にあった「妖怪ワタリビシャク」とそっくりなやつ。みた途端、あれは生き物だと確信したのだがその時の感覚を説明するのは難しい。UFOといえば「空飛ぶ円盤」でエイリアンクラフト説(宇宙人の乗り物説)が有名だが、マイナーなところで「未知の空中生物説」というのもある。古事記に出てくる「鳥之石楠船」も人工の乗り物の船とは限らない。これも生き物のことかもしれないのだ。

ホニツル
並木伸一郎だったか中岡俊哉だったか高梨純一だったか南山宏だったか忘れたが、有名なUFO研究家が書いた子供向けの昔のUFO本には、『ウエツフミ』に古代の天皇がホニツルという乗り物に乗って空を飛んだという話が書いてある、これが古代のUFOだといっていたのだが、大人になってから『ウエツフミ』を読んでみたところ、ホニツルってのは今でいうタンチョウヅル(丹頂鶴)、つまり鶴(つる)のことだった。鳥に乗って空を飛んだという話で、人工の飛行機ともUFOとも関係なかった。子供を騙すのはよくないねw しかしある意味、これは「UFOは生き物だった」説につながるとも考えられる。
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饒速日命の「天磐船」
さて前述の饒速日命が乗ってきたという「天磐船」だが、結論からいうとこれは空飛ぶ船ではない。饒速日命は天からではなく海を渡ってきた。それなら、なぜ「天磐船に乗って空からおりてきた」という話になっているのか? その謎解きも含め、天磐船の話は7月20日(または第3月曜)の「海の日」にでも改めて詳しく取り上げることとし、今回はやめておく。だがそういうと、「なに、天磐船はやっぱりただの海の船で、UFOじゃないってのかよっ! おまえは空飛ぶ円盤を信じないのか、霊魂もあの世も信じないのか、科学主義に洗脳された「と学会」の手先で日帝弥生侵略勢力でイリュミナティなのかっ!このレプタリアンめっ!」…と言われそうだが、まぁ待て。そんなにいろいろ並べたら、その中では信じてるのと信じてないのどっちもあるよ、そりゃ。といっても、俺もけして愛するこころを失った地獄軍団の手の者ではない。UFOも幽霊も妖怪もムー大陸もサンタクロースもナマハゲも妖精のシルフィーちゃんもセーラームーンも教育勅語もデーモン閣下の悪魔教もちゃんと信じてるキモオタ、じゃなかった、善良な一介の町人なのである。ただ、ホツマツタヱと原住民史観とカルマの法則と法華経は信じてないってだけで。だから、俺がこう言ったからといって、「天から降りてきたという神話はすべて海からきたって意味なのだ」、と即断してはならない。邇々藝命(ににぎのみこと)の天孫降臨には「磐船」がまったく出てこないし磐船とは関係がない。邇々藝命の場合は、これは海をわたってきたのではなく、文字通り天から降りてきたという、世界中によくある普通の神話である。これを宇宙人がUFOで降りてきたことをいってるんだという説は今じゃ陳腐すぎて聞き飽きた感じがするが、最初に言い出したのは日本人じゃなくて海外の、確かフランス人だったような気がする。だから日本人は宇宙人の子孫なのだ、と話が続く。そういえば外国のオカルト研究家で、もう何十年も昔の人だが、広島と長崎に落とされた原爆の放射能のせいで日本の子供たちには超能力者が多いとかっていってる人もいて、これもフランス人だったような気がする。(なお『先代旧事本紀』やそれにでてくる饒速日尊についても世間の古代史マニアはいろいろあることないことお盛んなので、いずれ詳しく取り上げるつもりである)

鳥之石楠船は海上をゆく「船」ではない
「天からおりてきた」のは邇々藝命だけではなくて、神話では建御雷神が地上にきた時に、天鳥船神(=鳥之石楠船)と一緒にきている。「鳥之石楠船」という言葉は「鳥が飛ぶように速い岩のように堅い楠(くすのき)でできた船」と解釈する説が一般的だが、「…のように」という解釈を都合よく補いすぎだろう。岩と楠、どちらも素材だとすると岩でできてる「磐船」(いはふね)なのか楠でできてる普通の船なのかわからない。この漢字は当て字で、イハクスという言葉は岩とも楠とも関係がないのではないか。「鳥之」も鳥のように速くではなく、鳥のように空を飛ぶの意味だとすると、イは行くのイかただの接頭辞(「いふ」(言・云・謂)という言葉も元は「ふ」でこれに接頭辞の「い」がついて「いふ」になったもの)で、ハクはなにか羽ばたくとか運ぶと関係ある言葉、スはハクの語尾かもしくは進むのス、あるいはクスはカセ(風)と関係ある言葉ではないかとも思う。別名「天鳥船」(あめのとりふね)もそのまま空に浮かぶ船であって海上の船ではないが、フネはハネ(羽根)に通じ、人工物の船とは限らない。国語学を無視したような素人語源論にきこえるとは思うが、そもそも神話は奈良時代の段階で「大昔からの伝承」になっていたわけで、そこに出てくる固有名詞(?)の類は意味不明な古語になっていたものがいくらでもある。奈良時代までしか辿れない現在の国語学の射程の届かない世界だということを忘れないでほしい(だからって俺が正しいことを言い当てているという根拠にはならないが)。古事記では天鳥船が建御雷神(たけみかづちかみ)とともに地上に派遣されたことになっているが、日本書紀でそれに該当するのは、星神・天香々背男(あめのかかせを)を退治した武葉槌命(たけはづちのみこと)という神である。ハヅチは、陸棲の生き物をヲロチといい、水棲の生き物をミヅチというのと同様に、羽をもった生き物をハヅチといってるのであって、これは空飛ぶ神である。「天鳥船」は鳥そのもの、あるいは鳥の語源は「飛び」の訛りともいうから、飛ぶ生き物、漠然と鳥から昆虫(羽虫)の類まで含んだ言葉だろう。古事記の中で鳥之石楠船が生まれたのは「神生み物生み」の章であり、ここは天地創造に該当し、海の神、山の神、川の神、草木の神が次々に生まれているところ。森羅万象=自然界が形成されていくシーンで、いきなり人工の船がでてくるのはおかしい。例えば、聖書で神が「光あれ」といったら光ができて、次々に海の魚、陸の動物を創造してる最中に神がいきなり「消防車」とか「タンクローリー」とかを創造したらちぐはぐだろう。筒井康隆の小説で、関係ない二つの原稿が混ざってしまったため、主婦が殺した旦那の死体を証拠隠滅しようと台所で解体している話が途中から料理番組の台本になってしまう話があったが、そんな感じになってしまう。だからここの鳥之石楠船は人工物の船ではなくて空飛ぶ生き物をいっているわけよ。
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「うつろ舟」と磐座(いわくら)
生き物といえば、UFOの形状そのものが生命を宿す器をかたどっているとも考えられる。日本のUFOといえば、江戸時代に常陸国(茨城県)の海岸に漂着した「うつろ舟」の話も有名。これは空を飛んだわけではないがその形状からUFO説がある。これが仮にUFOだったとしても江戸時代の話だから古事記とは時代があわない、関係ないんじゃないか、と言われそうだが、しばし待たれい。民俗学的には「うつろ舟」には魂の入れ物、神の籠もる物という意味があるのだ。例えば、瓜子姫伝説の「瓜」というのも瓜から最初の人間が生まれたという神話と関係がある。海外の神話では瓢箪(ひょうたん)や卵から人間が生まれたとか世界が生まれたとかいう。円形、球形の器には何かそういう創造力というか生命を誕生させる力があるとされたらしい。天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)以下の五男神は玉から生まれたのだし、山幸毘古(火遠理命)は「無間勝間之小船」(まなしかたまのをぶね)に乗って(閉じ込まって)海神の宮に漂着した。無間勝間ってのは籠の網目を泥土、油、漆などで隙間なく完全に密閉したもので、普通に考えると海中に潜行するんだから潜水艦みたいに密閉しなければならないのは当たり前だが、折口信夫の民俗学なら、その中に籠ってる間に地上の人間から海底異界の住人(=神)に変身するのだとでも言い出しそう。海神の宮というのは物理的な海底都市の類だったら話は簡単だが、もし神霊界のようなものならば、そこにいくには霊体として体験するしかないから、その間は一時的にそういう存在(≒カミ)に変身しないとならんのかも知れんね。これ自体はまだUFOではないが、UFOが頻繁に目撃されるという場所は付近に磐座(いわくら:巨石文化)だとか、古い由緒のある神社だとかがあったりすることも多く、いわゆるパワスポっぽいところだったりするので、何か関係がありそうにも思える。そうするとUFOは宇宙人の乗り物というより、なにか神霊現象と関係ありそう。むろん現象としては科学的に説明がつく場合もあるんだろうが、何か古代からの土着信仰とも関係していそうではある。

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・想像力がないと何を読んでもお経にしか見えない2

H28年6月20日(月)改稿 H28年6月15日(水)初稿
想像力がないと何を読んでもお経にしか見えない2
ある人がいうには、神生みの章は「意味不明な神々の名前の羅列で、これを延々と読むのはつらい、眠くなる、なので古事記を読破する時のカベとなる」というのだが。その人がまた言うには「神々の名前は漢字で書かれているので、漢字を読んでしまうと、つい意味を根掘り葉掘り詮索したくなるが、漢字は当て字なので漢字ではなくルビ(振り仮名)を読むようにして、意味など考えず、歌うような気持ちで、ひたすら声に出して読む。そうすることで、その音感やリズム感から、自然との一体感のようなものを感じ取れるようになる」。…という。
それはそれでいいのだが、意味不明のものについて「これは何だろう?」とあれこれ考えてしまうのは自然に備わった人間の本能なので、これを無理に抑圧するのもよろしくない。しかも漢字は読むなルビを読めといっても、どうしても目に入るだろう。実際問題、一般の古事記の解説書などでも、漢字に釣られたような解釈説がとても多い。意味を考えるな、ではなく、考えてもいいけど結論は出すな、といったほうがより適切だろう。なぜかというと、意味を考えずに音感やリズム感だけから何かに到達しようとしても、イメージ(=映像)が浮かばないからだ。画像的に「まっしろけ」だといくら音に頼ろうとしても、意味不明な「お経」を読んでるのと同じで限界がある。古事記を理解するのに効率よいとも思えない。
ではどのようなイメージを浮かべることが適切かというと、「自然の中に存在するすべてのものに神の力が宿っている」「自然界に存在する万物は国土さえもが、同じ神から生みだされた兄弟」「自然=迦微(かみ)にどれほどの深い愛情をもって接していたか」などとあり、「自然」という言葉がキーワードになっている。現代人が普通に「自然」といえば、山とか海とかを連想するだろう。「神生み物生み」の章は、天地創造のように、山川草木・森羅万象を生み出していく話なのだから、単純にそういう山とか海のイメージでよいのではないか。(※「想像力がないと何を読んでもお経にしか見えない1」のページも参照)

なぜ野椎には「の神」がつかないのか?
野の神、鹿屋野比賣神(かやぬひめのかみ)またの名「野椎神」(のづちのかみ)とあるが、そのすぐ後には「志那都比古神より野椎まであわせて四神」とあり、神の字がつかないで「野椎」と呼び捨てになってる。これはなぜかという質問があった。あまり明解な回答している学者の説はみたことがなく、深い意味はないような感じだが、私も同感で、ここは単に1文字誤脱しただけではないか。ただ、しいて何か言うとすれば、ノヅチというのはツチノコの別名でもあり、ツチノコってのはUMA(未確認生物)の蛇のことだが、古事記では「野の神」とされる鹿屋野比賣が日本書紀では草野姫(かやぬひめ)と書かれ「草の祖」(くさのおや)とある。ノヅチとは「野の精霊」と解く説が多く、それもまた誤りではないが、霊的な存在のみならずそれらも含みつつも、「〜ツチ」は生き物全般のことで「野の生き物」とは草っ原に生えてる草の類をもさす。つまり何をいいたいかというと、草そのものをいうにしろ、精霊の類をいうにしろ、ノヅチとは固有名詞ではなく普通名詞である。だから他の神々の名と違って「野椎神」の「野椎」は、火の神・水の神・山の神・海の神などという時の「火・水・山・海」の部分に該当するのが本来の形だ。「野の神、名は鹿屋野比賣神」というのは「野椎の神、名は鹿屋野比賣神」というのと同じ意味なのである(野原という場所の神だから当然そこにはえている草の類の管理をつかさどるともいえるし、草の神だから結果的に野原の神なのだともいえる)。野椎は普通名詞として当時(記紀編纂の頃=奈良時代)にも流通していた語彙で、そのため神の字を誤脱しやすかったのだろう。

・「神生み」は五行説では説明できない

H28年4月24日(日)改稿 H28年4月20日(水)初稿
神生みから三貴子の誕生まで
五行説の影響?
伊邪那美命が火神を産んで神去りの時、金属の神、土の神、水の神などを産んだ話は、中国の五行説の影響だと注釈してある本があるんだが、本当にそんなこと言えるのか?
五行は「木火土金水」(もっかどごんすい)なわけだけども、『古事記』のこの部分で出てくる神々ってのは、
 の神/迦具土神(かくつちのかみ)
 の神/金山毘古・金山毘賣神(かなやまひこ・ひめのかみ)
 の神/波邇夜須毘古・波邇夜須毘賣神(はにやすひこ・ひめのかみ)
 の神/弥都波能賣神(みつはのめのかみ)
となっている。これだと「木行」が抜けて4つしかない。五行説なの? これが?
順番もおかしい。五行説ってのは順番も重要なんだよね。
「木→火→土→金→水→木」(火は木から生まれ、土は火から生まれ…)と交代していくのが「五行相生」
「木<金<火<水<土<木」(金は木に克ち、火は金に克ち…)と入れ替わるのが「五行相克」
ここには一貫した理論がある。
しかし『古事記』の神々が生まれた順番は「火>金←土>水」となっており全然一貫性がない。
どうして五行説なんて言い出したのか不思議でならない。実際にこんなことをいってるのは岩波文庫の古事記(倉野憲司)だけで、角川文庫の古事記(武田祐吉)も、講談社学術文庫の古事記(次田真幸)もそんなことは言ってない。倉野憲司が晩年ボケてたんだろうな。
『日本書紀』一書第四にも似たような神話があり、こちらは土の神と水の神の順番が逆になっているから「火>金←水<土」となる。で、岩波の日本書紀だとここにも「五行説ガー」の注釈がある。岩波の日本書紀は個人監修ではないのでいちいちの注釈は誰なのかよくわからないが、注釈の責任者は井上光貞だな。
で、ネットみてたら弥都波能賣神の次に生まれた和久産巣日神(わくむすひのかみ)、もしくはその娘の豊宇氣毘賣神(とようけひめのかみ)が「木行」で、これで五行そろってるっていう人がいるんだが。この和久産巣日神がどういう神様なのかってことでは、まぁ普通は穀物の神だとか、豊穣神だとかってことになってる(この点もいろいろ問題はあるんだが今日は細かいことには触れない)。つまり衣食住でいうと「食」。衣食住は五行でいうと「土」が住で「水」か「火」が食事、「木」は衣服にあたるかな。穀物も植物だから「木行」だ、っていうんだろうけど、火の神からこの神までの5柱の属性の配列順が五行説としてまったく整ってない点は相変わらずだ。
後述の伝統的な「五行神」説では、句句廼馳(記:久久能智神)が「木」にあてられている。古事記に「木の神」、日本書紀に「木の祖」と明示されてて、他にそんな神は無いんだからこれを木行にあてる他に選択肢はないわけだ。しかし「神生み神話」の中では木の神だけが、火・金・土・水の神々とは別の離れた箇所に書かれており、同じグループにはされてないのだから、この5神を抜き出してひとまとめにするのは恣意的な整理であって、要するにコジツケってことだ。

中世の五行神説
『神皇正統記』が(以下、後日執筆予定)

近世の五行神説
『先代旧事本紀大成経』は記紀にでてくる神々のうちいくつもの神々のグループに五行のわりあてをやってる。(以下、後日執筆予定)

近代の五行神説
竹内文献には「三重五行神」(みへのいつつらのかみ)ってのがでてくる。これは『先代旧事本紀大成経』のごちゃごちゃした五行神を、3グループ計15神に整理したもの。しかし五行の「行」は行列(古語:つら)の意味ではなく「めぐる(循環する)」の意味だから、五行を「いつつら」と読むのは五行説をよくわかってないか、適当な当てはめ読みである。(以下、後日執筆予定)

四柱推命や易などの占いは五行説の正しさを証明しない
(以下、後日執筆予定)

風水では五行説の正しさの証明にならない
(以下、後日執筆予定)

漢方医学では五行説の正しさを証明できない
(以下、後日執筆予定)

五行説にハマってしまう心理的メカニズム
なぜ易占や四柱推命が当たったり漢方が効いたりするのか? それは本当に五行説のおかげなのか?(以下、後日執筆予定)

忘れ去られる吉野裕子
神話や古代史や民俗学、なんでもかんでも五行説で説明しちゃう人がいたんだよね。でも忘れられる。なぜか。(以下、後日執筆予定)

日本の皇室は「火徳」の王朝?
(以下、後日執筆予定)

五行説の起源についての誤った説が流布している
(以下、後日執筆予定)

十干や十二支も本来は五行説とまったく関係がない
ついでにいうと「甲・乙・寅・卯」は「木」とは本来なんの関係もないし、「丙・丁・巳・午」は「火」とは本来なんの関係もないし、「戊・己・丑・辰・未・戌」は「土」とは本来なんの関係もないし、「庚・辛・申・酉」は「金」とは本来なんの関係もないし、「壬・癸・子・亥」は「水」とは本来なんの関係もなかった(以下、後日執筆予定)

中国で五行説が盛行したのは「正しいから」ではなく純粋に政治的な理由
(以下、後日執筆予定)

・想像力がないと何を読んでもお経にしか見えない1

平成27年11月25日(水)初稿
神生みから黄泉の国まで
天地創造の5段階
前章の「国生み島生み」に対してここらの章は「神生み物生み」とよばれる。伊邪那岐・伊邪那美の命が、八百万の神々を生んだのだが、それは同時に万物・万有、森羅万象を生んだという話でもある。このことは理解できるよね? 山川草木、地水火風、自然界のあらゆる存在をカミガミだとみるアニミズム的多神教の世界観からすれば、山の神・川の神、火の神・水の神というカミガミを生んだというのも、山川水火という万物を生んだというのも、結局意味は同じことになる。だから「神生み」イコール「物生み」なわけで、ここは唯一神教に喩えれば「天地創造の章」にあたるところ。で、「神生み物生み」は5段階からできており、
第1段階…最初の7神。大事忍男神から風木津別之忍男神まで。
第2段階…山川草木の神々
第3段階…地水火風の神々
第4段階…「火神斬殺」から生まれた神々
第5段階…「禊」から生まれた神々
この5段階のそれぞれについて、言いたいことは山のようにあるが忙しくて時間がぜんぜん無いので、今回は第2段階と第3段階についてのみ、ちょいとどうでもいいことを語る。

頭の中で映像化しながら読もう
ここらも含めて『古事記』の冒頭の方は、意味不明な神の名がずらずら並んでるばかりで、とっつきにくくて、お経みたいで眠くなってしまって初心者はここで挫折しちゃうことが多いとも聞くんだが、意味不明な言葉を意味不明なまま読んでても、眠くなるのは当たり前だろう。今いったように、ここは聖書でいえば「天地創造」の章なんだが、聖書の天地創造を読んで眠くなる人はあまりいないだろう。
要するにイメージが足りないのだと思われる。上記の第2段階と第3段階についていえば、
海の神(大綿津見神)が生まれ、陸地には川ができて(速秋津日子神・速秋津比賣神)、水面が泡立ち(頬那藝神・頬那美神)、雨が降って(天之水分神・國之水分神)、風が吹き初め(志那都比古神)、木が生え(久久能智神)、山ができ(大山津見神)、草が生え(鹿屋野比賣神)、霧が出て(天之狹霧神・國之狹霧神)、暗くなり(天之闇戸神・國之闇戸神)、何も見えないほど真っ暗になり(大戸惑子神・大戸惑女神)、鳥が生まれて(鳥之石楠船神)、穀物類が生えてきて(大宜都比賣神)、火山が噴火(火之迦具土神)。
その火山からは、溶岩が流れ出て(金山毘古神・金山毘賣神)、それが固まって(波邇夜須毘古神・波邇夜須毘賣神)、滝ができて(彌都波能賣神)、その水で作物が豊かに稔った(和久産巣日神・豐宇氣毘賣神)。
こういう風にイメージすれば世界が出来上がっていく様子が浮かぶだろう。
プロフィール

浅草橋キッド

Author:浅草橋キッド
どこから見ても平凡な、一介の町人です。

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