FC2ブログ

・「八俣の大蛇」&「大国主の系譜」の解釈

平成29年6月29日(木)改稿 平成28年2月24日(水)初稿
「八俣の大蛇」の神話は何を表わしたものか
8つの山と8つの谷にまたがるほど大きく、頭が8つもある大蛇なんているのか? 神話なんだから何でもありっちゃ何でもありだが、デタラメでもないとしたら、これは何かを「神話的に(?)」表したものなのではないだろうか、とは誰でもウッカリ考えたくなるのが人情というもの。それについては「8人の豪族(出雲先住民の酋長)」説、「オロチョン族(北方狩猟民)」説、「野盗山賊」説、「8つの川の洪水」説、「火砕流」説、「製鉄(刀剣鍛冶行程)」説、等がある。とりあえず、以下に一つづつみていこう。
1,豪族説
この説はさらに3つに分かれる。どれも似たようなもので、今時こんな説を信じてる人はいないだろうが一応ならべておく。
1−1,先住民族の首長説
縄文系だか弥生系だか、アイヌ人だか蝦夷・土蜘蛛の類だかが出雲にいて、その首長が須佐之男命に征伐されたため、怪物のように貶められたという説。この場合、須佐之男命は朝鮮かどこかにあった高天原から侵略してきた天孫族か、もしくは第二次侵略者である天孫族より前に朝鮮かどこかからやってきた第一次征服者ということになる。八俣の大蛇が縄文系なら須佐之男命は弥生人、八俣の大蛇が弥生系なら須佐之男命は古墳時代人ってことか。
1−2,オロチョン族説
オロチョン族というのはシベリア東部から満洲北部にかけて住んでるツングース系の狩猟民族。言い方は地域によってオロッコ、オロチ等さまざまに変化している。これの一派が日本海を越えて北陸や山陰地方を征服していたのではないか、ヤマタノヲロチというのは大蛇ではなく、オロチョン族のことではないかという説。『三国志』東夷伝には「邑婁」(ゆうろう)という民族が出てくる。これはツングース系の諸民族の先祖で、舟に乗り込み海沿いを襲うという。平安時代に北九州を襲った「刀伊」もツングース系で同系の民族。『続日本紀』によると霊亀元年(715年)に邑良志別君宇蘇弥奈(おらしべつのきみ・うそみな)という者が蝦夷との戦いに疲弊して鎮守府に庇護を求めてきたという。別(べつ)というのは川を意味するアイヌ語の[pet]だという説があるが、日本語の「淵」(ふち)と同源だろう。アイヌ語は後世のものしかわからないので、この時代にすでに[pet]で川を意味したとは考えにくい。アイヌ語へのなりかけの奥羽訛りで、まだ「淵」(湖沼)の意味だったかもしれない。この別をワケと読む説もあるが、後ろに君(きみ)と続いているのでカバネが重出することになりよろしくない。延喜式内社に「遠流志別石神社」(をるしべつのいしじんじゃ)あり、江戸時代の考証学者によると、この石の字は君の誤写で、邑良志別君宇蘇弥奈を祀った神社だともいう。邑良志や遠流志はアイヌ語で解釈する説もあるので、ツングース系かどうか即断はできないが、鎖国時代ではないし狩猟民は農耕民より移動性が高いので、ツングース系の民族がたくさんいてもそんなにおかしくはないだろう。ただし、ツングース系の民族は朝廷からは蝦夷(えみし)ではなく粛慎(あしはせ)とよばれ、蝦夷とはまったく別の民族として区別されていた。邑良志や遠流志は自称(もしくは種族名)、粛慎は朝廷からの呼称(もしくは満州や沿海州をさした地名)。先住民の蝦夷と違って大陸系の民族だと認識されていた。しかし、このオロチョン族が北陸や山陰を占拠して猛威を奮っていたような痕跡は、文献にも考古学にもまったくないので、八俣の大蛇にこじつけるのは無理だろう。
1−3,越からの侵略説
これは須佐之男命が先住民を侵略したのではなくて、逆に八俣の大蛇が北陸=越(こし)からの侵略者という説。ただしこの場合、須佐之男命の子孫の大国主は越の沼名河比賣(ぬなかわひめ)まで夜這いにいっていて、一般的な解釈としては北陸も大国主の勢力下とされているので、最終的には八俣の大蛇の故地を逆に侵略したような話になってしまう。
1−4,野盗山賊説
映画『七人の侍』みたいに、困っている農民を助けて悪者をやっつけたというような話。時代劇に出てくる天狗党とか土蜘蛛一家とかいうのと同じで、大蛇(をろち)というのも悪党の自称か仇名。これは須佐之男命も出雲も八俣の大蛇も同じ民族・同じ国内でのこととしているっぽい。
2,洪水説
八俣の大蛇とは出雲あたりに流れる8つの川のことでその氾濫を治水工事によって治めたことだという説。これに説得力感じる人もいるらしいが、怪獣退治の華々しいチャンバラと地道な土方仕事ではずいぶんイメージに差がある。治水工事ならそれはそれで偉大な功績であり、そのままで称賛に値するのに、なんでわざわざ空想的なお伽話に喩えなければならないのか理解できない。自分が須佐之男命ならバカにされてるように感じるんじゃないのか? それに川の反乱なら天竜川とか利根川とか日本中に名だたる大河がいくつもあるのに比べたら出雲はしょぼくないか? それなら全国に八俣の大蛇なみの神話があってよさそうだが? …というのは俺の個人的感想だけど、いつもいう萩野貞樹先生の名著『歪められた日本神話』 (PHP新書)でも神話を神話として受け取ることを拒否した前近代の発想として完全否定されています。
3,火砕流説
あのへんにそんな火山あったかな?
4,製鉄〜刀剣鍛冶説
これも結局、そのまま書けばよいのになぜわけのわからない喩え話にするのか。それとこの説の場合、須佐之男命が製鉄術なり刀鍛冶の技なりを持ち込んだという話なのだろうか? それなら須佐之男命と力を合わせて刀剣を生む存在が出てくるはずで、逆に退治される大蛇は存在意義が不明になる。製鉄のために森林を伐採しすぎて洪水になったという説もあるが、山陰の砂丘はもとから自然状態で砂丘であり、製鉄文明の傷跡だというのは俗説である。

恐竜説
では八俣の大蛇の正体とは何だったのか?
単純に考えて、そのまま受け取りたいわけだが、こんな怪物にいちばん近いものといえば、それはもちろん恐竜だろう。
かといって、何も私は恐竜の生き残りがいたと言いたいわけではない。そりゃ生き残りもいただろうが、ネッシー、クッシーみたいのは例外であって、地球の歴史の本流とは違う。日本の歴史をかいつまんで説明する時に、山奥の田舎の小さな事件にふれることは無いだろう。それと同じだ。だから、八俣の大蛇が退治されたというのは、大昔の人類が恐竜の化石をみつけて、こんな巨大な怪物がいたんだろうなと想像したってことだろう。しかし「今はいないのだから絶滅したんだろう」→「こんな怪物を絶滅させる力をもっていたのは神様に違いない」、という順番なのだ。
恐竜が絶滅したのは中生代最後の白亜紀の末期で、その原因については諸説あるが、これまでのわたしの幼少期からの経験からすると、学説ってのはどうせしばらくすると主流の説が変わるのでここではそこは深く取り上げない。どんな原因にしろそれが自然現象である限り、カミの意志だ、カミの力だとは言いうる。ただ、白亜紀の末には恐竜だけが滅びたのではなく、多くの生物が絶滅した。これは古生物学で地球史上、何度かあったという「大絶滅」の一つで、「大絶滅」のたびに地上の生物は一掃されて、新しい生物相にかわっていく。これは「平衡進化」とか「断続平衡説」とかいわれてるものと込みで、生物の進化とは常時徐々に進んでるものではなくて、ある時にどばっと進むんであって普段は進化はしないのであるという説。このどばっと進化する時ってのが「大絶滅」と同時だか直後だかに起こるわけだ。ここで生物相ががらっと変わるので、中生代と新生代の変わり目を「K-T境界」という。
こどもの頃にみた恐竜図鑑の類には、ダーウィンとラマルクとキュヴィエの3人の説を並べて、ダーウィンが正しく、ラマルクが誤りで、キュヴィエは聖書を半分信じてたアホ、みたいな印象操作をしてたが、最近の平衡進化説みるとむしろキュヴィエの説そのものじゃんよ、と思われる。すべては神が創造しているのだという立場からは、なぜ神はこんな破壊と再建を繰り返してるのかという疑問が生じよう。しかし、俺はこれは神の創造という発想にもさほど矛盾していないと判断する。なぜなら、旧世界の大絶滅と新世界の誕生というコンセプトには、訳の分からないロマンの気配を察知するからだ。これは生物の進化史の話なのだが、アナロジーとしては人類の興亡史にも同じ「類型」が見出される。文明の崩壊・民族の滅亡と、まったく別の新文明の勃興・新民族の興隆。ほら、なんとなくロマンが漂ってきたろw 神の創造というのはこういう風に段階的になされるのだ。段階的ということは、また階層性といいかえることができる。そして階層性というのは古神道を含め古今東西の神秘主義の奥義に通じる概念でもあるのだ。…おっと、難しくなってきたので今日はこのへんで勘弁しとくが、なんとなく奥深い話をしてるんだなって思ってもらえれば十分である。

アンドロメダ型神話
ともかく、八俣の大蛇を退治したって神話は恐竜の絶滅をいってるのであって、上記の越(北陸)からきた豪族説とか、洪水説とかは、全部間違いだと思うんだよね。なんでかっていうと、これはまず「ペルセウス=アンドロメダ型神話」という一つのパターンで、世界中に分布してる話だということ。これはわかりやすい事実だから誰にも反論できない。そうすると例えば、日本のとある地域=具体的には出雲に特有の事件だった、では説明がつかないことになる。全世界で共通に起こったこと、もしくは全世界に直接関係のあることでなければならない。「恐竜の絶滅」という一つの話題が、原始時代から伝えられたとすると、ペルセウス=アンドロメダ型神話が世界各地に伝承されている理由が説明つく。日本ではたまたま蛇の姿でギリシア神話では巨大な化け鯨になっているが、世界の諸神話では竜とかドラゴンが多い。恐竜にもいろんな種類があったんだからこの違いはべつにいいだろ。
日本ではスネーク・タイプになってるのはちょっと気になる。恐竜が絶滅したのは白亜紀の終わりの時だが、爬虫類の中では蛇はいちばん新しく、白亜紀の前期には胴体が完全に蛇そのものであるにかかわらず、まだ小さい足が四本残っていて、あたかも中国の「龍」のような生き物だった。手足のない蛇が完成したのはようやく白亜紀の後期であって、かなり遅い。つまり、当時は蛇ってのは進化の最先端であり、「万物の霊長」だったのである。進化の最先端にいる者ですら滅ぶ。それが大絶滅で、大絶滅はあらゆる生物を滅ぼす。わずかに生き延びて次の時代に繁栄する種もあるが、それがどれなのかは神にしかわからない。ノアの箱舟みたいな話でもある。

「ヲロチ」の語義解釈
ヤマタノヲロチは、たまたまスネーク・タイプだったから、ヲロチに大蛇と当て字されているが、ヲロチという言葉には蛇という意味はない。チというのはノヅチ(草)、ククノチ(樹木)、ミヅチ(魚・両生類・水棲爬虫類・水棲哺乳類)、ハヅチ(鳥・羽虫・翼竜)、ヤマヅチ・アシナヅチ・テナヅチ(各種の陸生哺乳類?)の流れで陸生爬虫類をヲロチといったもの。ヲは陸地をいう古語のヲカ(陸)のヲだろう。蛇もヲロチだけどもトカゲもリクガメも陸棲恐竜も大雑把にヲロチに入れていい。
ヤマタノヲロチはただのヲロチではなく、固有名詞で、首が二つ三つある蛇は今でも時々いるし、恐竜時代のことだからそれが巨大でも別にいいだろう。一般論ではなく、普遍の元型でもなく、単なる個別の事例としてならば何でもありだ。一般的な世界の流れ=歴史は、一般的でない特殊な英雄によってもたらされる。

大国主は6人6代いた
『古事記』では須佐之男命の子孫として大国主神までの系譜が出てるんだが、『日本書紀』は素盞嗚尊(すさのをのみこと)の子が大己貴(おほなむち)またの名は大国主だといているのに『古事記』では須佐之男の七世孫が大国主神またの名は大穴牟遅神とある。子と七世孫が同名ということは、その間の6代は代々襲名していたのだろう。ならべるとこうなる。

初代・大国主(=大穴牟遅)/八島士奴美神(やしましぬみのかみ)
  后・木花知流比賣(大山津見神の娘)
第2代・大国主(=大穴牟遅)/布波能母遲久奴須奴神(ふはのもぢくぬすぬのかみ)
  后・日河比賣(淤迦美神の娘)
第3代・大国主(=大穴牟遅)/深淵之水夜禮花神(ふかぶちのみづやれはなのかみ)
  后・天之都度閇知泥神
第4代・大国主(=大穴牟遅)/淤美豆奴神(おみづぬのかみ)
  后・布帝耳神(布怒豆怒神の娘)
第5代・大国主(=大穴牟遅)/天之冬衣神(あまのふゆぎぬのかみ)
  后・刺國若比賣(刺國大神の娘)
第6代・大国主(=大穴牟遅)/別名不詳
  后・沼名河比賣(俾都久辰為命の娘)

「大穴牟遅」の語義解釈
ちなみに「大穴牟遅」というのも大国主と同じく称号のようなもので名前ではない。
オホナムヂの「ナ」については、『日本書紀』は大己貴と書いてオホアナムチと読ませており、つまり「己」はアナだという。が「己」はオノレであってアナではない。オノの母音転換とする説や一人称と二人称が置き換わる現象の一例とする説もあるが不詳。単純に「名」の字の誤記が定着しただけかも知れない。また『古事記』は「穴」と書いてるが奈良時代の発音では母音が連続することがないので「大穴」はオホアナとはならず穴の一字で「ナ」。本居宣長は信濃国埴科郡大穴郷の大穴を「於保奈」と記す例もあげている。従って日本書紀が大己貴と書いてオホアナムチと読ませているのも誤り。アナと読むのは誤りでナと読むのが正しい。しかしそれならなぜわざわざ紛らわしい「穴」の字を使うのか、ここはやっぱり無理にもアナと読んで、蛇の住む穴だとか鉱山の採掘口だとか火山の噴火口だとかという説もある。が、それらは付随する神話内容から掛け離れており採れない。穴の字は「奈」の略体か「名」の草書を誤写したので意味はないのだ。現代の通説ではナは極めて古い言葉で国土の意としており、これがよいと思う。例えば地震を古語でナヰフリというのは、地(なゐ)が震(ふ)るえるという意味。また語尾はムヂ(古事記)ムチ(書紀)モチ(『出雲國造神賀詞』)ミチ(『萬葉集』)の4説あるが、「大穴道」(萬葉集)の「道」はミチでなくムチの当て字とする通説でよいだろう。書紀のムチ(大己貴の「貴」)は貴人を意味し、通説ではムヂ・モチともにこのムチの訛りというが、この言葉は平安時代語である上、書紀ではこれと大日孁貴(オホヒルメノムチ)の2ヶ所しかなく疑問。宣長は古事記の仮名遣いの厳正さからムヂと濁るのが正しく清音でムチとする書紀は誤りとしている。ただし宣長はムヂが古態だといってるわけではなくて、オホナモチ(大名持=偉大なる名声の持ち主)の意味だといってるので、モチが原形でムチやムヂのほうが訛りなのではないだろうか。上述のように「ナ」は国土を意味する古語という通説に従えば、オホナモチは「大国持ち」の意味であり、大国主とも同義となる。オホナモチが本来の形で、それを奈良時代からさほど遠くない過去に意訳したのがオホクニヌシ(大国主)だろう。ちなみに『出雲國造神賀詞』、『神名帳』、『出雲風土記』はどれも「大穴持」で穴の字が上述のごとくアナでなくナと読むのだから読みは「オホナモチ」。『日本文徳天皇實録』では「大奈母智」、『日本三代實録』と『延喜式』は「大名持」であり、これらの表記もみな読みは「オホナモチ」である。さて、そうすると語義からして「大穴牟遅」(=大名持)というのは大国主と同じく称号のようなもので名前ではない。そうすると6代目の本名がわからないことになる。最後の6代目の后は沼名河比賣だろうと別の記事で推定しておいた(「「三宝荒神」は仏教の尊格ではない」)。そこから便宜的に6代目の名を沼名河比古と仮称することを提唱したがともかくここでは別名不詳としておく。

悠久なる地質年代
大国主とは地上の支配者の意味だから、この歴代を王権神話の観点からみることもできる。王権起源神話には定まった類型があり、あまくだってきた天の神(または天神の子、初代)が山の神の娘(または山の女神)と結婚して生まれた子(2代目)が、今度は海の神や川の神など水に関係した神の娘(または海の女神とか川の女神)と結ばれて子(3代目)が生まれる。その子が特定の民族の初代の王(または王朝や国家の建国者)となる、というお決まりのパターンになっている。つまり初代の国王は4代目なのである。このパターンは日本神話、中国神話(五帝神話)、ベトナム建国神話、王氏高麗の建国伝説などに共通してみられる。満州神話(夫餘神話)は一度ほろびた民族の神話の断片を後で適当に継ぎ合わせたものでかなり話の筋が乱れているが、これもまぁ推定で復元できる。そして日本神話の場合は、邇々藝命・穂々手見命・鵜萱葺不合命のいわゆる日向三代がこれに該当する。この神話類型の比較を詳しくやっても面白いのだが、この詳細は日向三代の話ですることにして今回はしないが、歴代大国主にも同様のパターンがある。初代八島士奴美神はあまくだってきた須佐之男命の子(天神の子)で、山の神の娘を后として2代目の布波能母遲久奴須奴神が生まれ、この神は淤迦美神(おかみのかみ)の娘、日河比賣を后としている。淤迦美神は水神でこの神に雨乞いする信仰があったことが『万葉集』にもある。その娘は川の女神。そしてその子が3代目の深淵之水夜禮花神。ここまでを日向三代に例えると、4代目の淤美豆奴神が神武天皇に該当することになる。因幡の白兎から始まる大国主の神話は、だから第4代から始まるのだろう。
ところで、八俣の大蛇の退治が恐竜の絶滅だとすると、それは中生代白亜紀の終わりと新生代の始まりの間のことになる。そうすると大国主の時代というのは地質年代でいうと新生代に該当することになるはずだ。この新生代というのは通常は7つの時代にわけられているが、6つめの更新世(旧名・洪積世)を2つにわけて前半を更新世、後半を洪積世として表示したのが下の表だ。

暁新世(6600万年前ー5600万年前。1000万年間)
始新世(5600万年前ー3390万年前。2210万年間)
漸新世(3390万年前ー2300万年前。1090万年間)
中新世(2300万年前ー500万年前。1800万年間)
鮮新世(500万年前ー258万年8千前。241万2千年間)
更新世(258万8千年前ー180万6千年前。78万2千年間。全4期のうち前1期/ジェラ期)
------------------
洪積世(180万6000年前ー1万年前。179万6千年間。全4期のうち後3期/C期・中期・後期)
沖積世(1万年前ー現在。1万年間)

上記のうちの洪積世は現在では「更新世」と呼び名がかわっており、ジェラ期・カラブリアン期・中期・後期の4つの期間にわかれる。このうちジェラ期というのはかつては鮮新世に入れられており、鮮新世を前期・中期・後期にわけた時の後期に該当するのがこのジェラ期だとされていた。だから昔は更新世は180万6000年前から始まったとされていたのです。しかし2009年6月に、やめればいいのに国際地質科学連合(IUGS)というおせっかい者が「ジェラ期は更新世に入れよう」という勧告をしてから、更新世は約78万年も繰り上がることになったわけ。これが現在の学界の説。それに反対する意味をこめてw、上記の表ではジェラ期だけを更新世という名で、それ以降の3期を「洪積世」という昔の名でわけて書いてある。
洪積世と沖積世を合わせて「第四紀」というのだが第四紀はまた別名を「人類紀」ともいい、現生人類の時代である。ジェラ期を更新世に含めようという話になったのは、古人類の人骨の発見がジェラ期のものまで遡るようになって、ジェラ期も「人類紀」に含まれるのではないかって話かららしいのだが、生物学的にはともかく、宗教的には魂が問題にされるので、肉体が人間に似てる「だけ」では人類とは認められない。しかも人類といっても学界がいってるのは「現生人類」(ホモ・サピエンス)のことではなく猿人の類の話である。現生人類(ホモ・サピエンス)の出現は中期から。
ところで『日本書紀』では瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)のあまくだりの年から神武即位前八年(BC668)までで179万2470年余としている。天孫降臨の年をこれで計算すると今から約179万5000年ほど前となる。これはジェラ期を含めない場合の洪積世の始まりと約1万年しか違わない。そうして改めてみると上記の表をみると、天孫降臨以前の新生代は6つの時代から成っているのがわかる。偶然だが、大国主の6代と一致してるw
となったら、早速対比してみようw

1:暁新世と八島士奴美神
八島士奴美神(やしましぬみのかみ)は大八洲を須佐之男命から受け継いだ神。といっても日本列島ばかりが大八洲ではない。このことは以前「国生み島生み」のところで書いたか、まだだったらそのうち書きます。八島士奴美神が山の神の娘を后としたのは、後世の邇々藝命と同様で、后の名前もこちらは木花知流比賣(このはなちるひめ)、あちらは木花之佐久夜毘賣(このはなのさくやひめ)で似ている。木花之佐久夜毘賣は江戸時代には富士山の女神ともされたが、もともと火山噴火に関係していたと思われ、山の神の娘だから本人も山の神(山の神格化)である。産屋に火を放ってその中で子供を生んだ話は、火山活動で新たに山が生まれるという自然現象を表わしてもいる。日本書紀では八島士奴美神の名を「清之湯山主三名狭漏彦八嶋篠」(すがの・ゆやまぬし・みなさもるひこ・やしましぬ)とある。「湯山主」というのは温泉の湧いてる山か。暁新世から次の始新世にかけては温暖化がすすんだが、その原因の一つに火山活動があったという。火山活動が活発な時代だったのである。

2:始新世と布波能母遲久奴須奴神
始新世は新生代の中でもっとも温暖化がすすんだ時代で「始新世温暖化極大」とか「始新世高温期」という。湿度も高かった。陸では火山活動、海ではメタンハイドレートの温暖化ガスが大量放出されたからという。布波能母遲久奴須奴神(ふはのもぢ・くぬすぬのかみ)の「フハ」は「吹き払う」または「吹き・吐く」でガスの大量放出を表わしてそう。

3:漸新世と深淵之水夜禮花神
深淵之水夜禮花神(ふかぶちのみづやれはなのかみ)の深淵(ふかぶち)とは普通は湖沼のことだがここでは海のことをいってるかも知れない。「水夜禮花」は当て字だから花に水をやる意味ではなくて、水を破(や)れ放つ意味。湖沼を干上がらせて陸地にすること、または海岸線を後退させて陸を広げること。上述のようにこの神の母は川の女神で母方の祖父は水神、両者から水を司る力を受け継いでいる。日河比賣のヒカハは氷川、つまり氷河を意味しているかもしれない。この時代まではまだ湖沼や湿地帯が多く、大陸も小さく海も広かったのだが、漸新世では寒冷化が起こって大気も乾燥してきた。北極の海氷と南極大陸の氷床ができたため、大規模な海退がおこり、陸地が広がった。この頃、地中海・黒海・カスピ海・アラル海はぜんぶ一つの巨大な海「テチス海」という一つの巨大な海の一部で、東はアラビア海ともつながっていたがこのテチス海も急速に縮小していった。

4:中新世と淤美豆奴神
中新世には、欧州や北米で造山運動があり、日本列島が大陸から分離して日本海ができ、海底火山が活発だった。いってみれば日本列島が現在の形になった時期。淤美豆奴神(おみづぬのかみ)は、『出雲国風土記』には八束水臣津野命(やつかみづ・おみづぬのみこと)という名で「国引き神話」が伝わる。出雲国ははじめ小さかったのであちこちの遠方の陸地や島に綱をかけて引っ張り寄せて出雲国を物理的に広くしたという話。伊邪那岐・伊邪那美の国生み島生み以来、陸地を造るのも神々の国造りなのです。火山活動や地殻変動の話をやたら出すけども、地質年代的な長期スパンでは、陸地は沈没して海になり、海は浮上して陸地になるようなことを繰り返しつつ、地形がかわっていく。国引き神話もこの趣旨でみないといけないんで、政治勢力の拡大とかの意味ではない。自然現象の神話的表現なのである。まだ人間の時代じゃない。この神が4代目で、大国主神話のほとんどのエピソードの主役ではないかということは前述の通り。古事記は6代分の話を系譜の後にまとめて書いたので、6代目だけが大国主であるかのように誤解したもの。中新世には大陸の様相もほぼ現在と同じになり、海や陸の生物相もほぼ現代と同じになった。つまり「大国主の国造り」が4代目にして一応の完成をみた時代だといえる。(大国主神話に含まれる大小のエピソードの解釈はそれぞれの機会に譲る)

5:鮮新世と天之冬衣神
天之冬衣神(あまのふゆきぬのかみ)と鮮新世の関係はわかりやすい。鮮新世ってのは大寒冷期なのである。それならフユキヌとは「冬来ぬ」(冬が来た)の意味。漸新世以来、徐々に気温が下がってきていたがここにきて下がりすぎた。大国主の時代も前代の最盛期をすぎ、衰退期に入ってきた。『古事記』には、少名比古那神(すくなひこなのかみ)に去られた大国主が「我れ一人して如何にこの国を作り得んや」と愁えたとある。まぁいろいろ問題が起きてきたと。鮮新世にはアウストラロピテクスに代表されるような、いわゆる「猿人」が出現した。現在の人類の祖先ではないが、人間に近いものが生まれたのは、前代の生物相の一定の完成に続くさらなる進歩であったが、人間とみなされるような進化には届かず、これも天之冬衣神を悩ます問題だったかもしれない。というか「猿人」が出現したこと自体が、順当な進化ではなく衰退の一環だったかもしれない。

6:更新世と大穴牟遅神(別名不詳
更新世といってもその中のジェラ期だけだが。この6代目は何度もいうように名前はわからないが、越の沼名河比賣を后として建御名方神(たけみなかたのかみ)をもうけている。建御名方神は後々、天孫降臨の段になって天津神には敗れるが、それまでは武神として鳴らしていたのだろう。この時期に武神が出てくるのは、大国主の時代が衰退期どころか混乱期に入り、世の中が乱れていたからだろう。『古事記』にも『日本書紀』にも大国主の末期には世の中が乱れ妖怪が跋扈していたかのような既述がある。この頃、最初期の原人(ホモ・ハビリス等)もこの頃に出現しており、原始的な言語と石器は使っていた(火の使用はまださきのことだとされている)が、これらも現生人類の祖先ではなく、自然界を統治する神々からするとなにかイレギュラーな事態だったのではないか。これを最終的に解決した話が天孫降臨の神話ということになるが、それはまた後日、別の記事で。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
プロフィール

道三(どうさん)

Author:道三(どうさん)
どこから見ても平凡な、一介の町人です

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
検索フォーム