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増税で国がもちなおした例は世界史上にない

2679年(H31年=新年号元年)3月21日改稿 H28年7月13日(水)初稿
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聖帝(ひじりのみよ)
仁徳天皇といえば、新古今の「高き屋に登りて見ればけぶり立つ民の竈はにぎはひにけり」が有名。現代の資本主義政治とは雲泥隔絶の理想政治だとして、もてはやすのがウヨの道だが、実際はそんな甘いものでもなかったろう。甘くないってのは、庶民にとってだけでなく、仁徳天皇の境遇のことも含めてだが。
ただ、ここは儒教的な観点から語られて、経済学的な観点から語られてるわけではないから、あたかも税を止めた3年間、他になにもやってなかったように錯覚してしまうが、そんなこともないだろう。皇室が3年ぐらい貧乏ぐらししたからって、全国の貧民の生活水準が一斉にあがったりするもんかね? もともと我が国の皇室には贅沢という伝統はなくて、日頃から質素なお暮らしをなされておられることぐらい、竹田先生はもちろん昔から右寄りの先生方が力説するところであり、ウヨなら、じゃなかった帝国臣民なら常識だろう。もともと金のかかってない皇室がさらに節約したところでたかが知れてるんじゃないの? 葛城氏とかの豪族のほうがよほど豪勢な暮らしをしていただろう。
これは経済学に疎い語部(かたりべ)が、仁徳天皇の事績を一貫した経済政策と思わないでバラバラに並べたから、朝廷の一貫した経済政策という全体がわからなくなってるのである。語部(かたりべ)というのは、現代に喩えていえば経済学じゃなくて歴史関係。あるいは、映画業界とかアニメ業界とか舞台演劇とか「表現」にかかわる人。だから経済学や経済政策のことは専門外なのだ。
茨田堤・丸邇池・依網池・難波堀江・小梯江・墨江津は秦人(はだひと)がかかわってる。これ一つ一つはかなり大規模な土木工事で、中国からきた秦氏の土木技術が活かされてるというのは昔からよくいわれることだが、そのことが意味する重大性については、割に軽く見過ごされてもいるのではないか。当時の日本の技術は中国の技術を使いこなしており、日本と中国とでその水準に大差なかったということが一つ。それだけでない。技術だけあってもそれを大規模工事として実現するには労働力を大規模に動員する権力とそれに応えうる安定した社会、そして統一的に管理される巨大な財源が必要である。仁徳天皇陵を現代の技術でつくろうとしたらどうなるのかという大成建設の試算では驚愕の結果となったのは有名かと思うが、現代の古代史マニアが漠然と思ってるような未熟な社会では到底ありえず、相当に発展した国家と進んだ社会がすでにあったことは明白だろう。古代史マニアはすぐに諸勢力間の武力抗争の話ばかりしたがる傾向があるが、彼らの想定する部族連合も地域王朝も無根拠な妄想にすぎない。財源は、神功皇后の朝鮮征伐以来、大陸との交易が活発化。交易はあらゆる産業(金貸しを除いて)の中でもっとも効率よく莫大な富を生み、好景気が続くが、古今東西に通ずる一般論として、経済活動の活発化は自然と貧富の差を産む。政府予算にしろ貴族豪族への普請割り当てにしろ、財源としてすでに申し分なかったろう。経済の活発化が貧民を生むのであって、貧民への救済措置は古代エジプトの時代から公共事業にきまっている。堤・池・堀、すべて土を掘り出すわけでこの大量の土を積み上げたのが御陵になる。ケインズがいったように公共事業ってのは「土を掘ってまた埋める作業でもいい」って話そのままではないか。
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↑エジプトのピラミッド建設w だがこの絵もウソ、もっと気楽な職場だった

ただ一言いっておくと、公共事業とか民間委託とかいっても、当時は委託先が氏族共同体とか村落共同体であって、共同体ってのは企業のような意味での「営利目的」ではなくて、そもそも再分配のための存在だから富をばらまけば間違いなく庶民に届く。しかし現代の公共事業とか民間委託ってのは委託先が企業なんだよね。企業ってのは「営利目的」であって「うちは慈善事業じゃねぇよ」って理屈が建前として通ってしまう。だから企業の懐に入るだけで庶民に金が届かない。仁徳朝の政治は、いわれるほど理想どおりでもなくて問題含みだった(後述)と思うが、現代の政治に比べればはるかにましだったろう。

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2仁徳天皇は非モテ」に続く
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