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・古事記と「平和思想」・前編

平成30年11月改稿 H29年11月15日(水)初稿
最近の北朝鮮のミサイル問題で世の中物騒な雰囲気になってきたのを受けて、思いつきの平和思想を語りだす人も多い。で「平和」思想についての議論会みたいな流れもあちこちであるわけだが、古事記に描かれた素朴でノドカな古代のイメージに「理想の平和社会」を見出す一種のロマン主義な発想も、津田左右吉特有のものでなく、そういう人は昔も今も一定いる。ある人は古事記の中から平和主義の要素を17項目もあげていた。
e1a87_1456_266ecd28_e7a8cbc4.jpg(※動画、画像は本文とは関係ありません。雰囲気カットです)
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※↑これ見て「かまなら祭」という言葉が浮かんでしまう俺もたいがい平和ボケしてるのかもしれんが、まぁ面白ければいいっていう80年代の人なんで赦してくれ
「古事記は平和の書である」?
だが古事記には皇位継承争いや内乱といった、戦いがたくさん出てくるから、平和とは程遠いイメージを抱く人もいあるだろう。だから反発する人がいるのはごもっとも。むろん戦争とは同時に平和の希求のことだとも言いうるのではあるが、反発する人は「古事記に書かれている事実と違うじゃないか」という論理的な反論からだけではないように思う。第二に、北朝鮮のミサイル騒ぎで「平和が大切だ」と言い出すまではわかるが、そこから北朝鮮がけしからんという方向にいかずに、日本で憲法改正の動きが加速するのが問題だ、みたいな発想ってどうなのよ、とウヨなら誰でも思うだろ。思うよな?w
三つ目に、人間ってのは「時代」の制約からまぬがれ難い。どんなに客観的な意見のつもりでも、ずっと後になってから誤りに気づいたりする。そういう時「あの時代ではそう思い込むのも仕方なかった」ということがある。どんなにオリジナルな思想のつもりでも、時代環境の影響が実は大きくて、本人の独自性の発揮などではなかったりすることもある。言葉の意味やニュアンスも変化していく。戦争経験者にとっては「平和」という言葉は、尊く、ありがたく、清らかで、大切なイメージがあるのだろう。しかしそれは万人の共有するイメージではありえない。ある人々にとっては、ウサンくさく、詐欺っぽく、ゲスで、偽善がましいイメージしかない。「平和」という言葉に悪いイメージしかない人にとって、「古事記は平和の書である」と言われると、なんとなく神聖な古事記が穢されたような気になるのではないだろうか。そういうイメージの問題は、感情論でもあり、古事記の素晴らしさを称揚したいが余り「平和の書」といおうが、「平和の書」といわれて穢されたと怒ろうが、いずれも「個人の感想です」ということにしかならない。そういう「感情をこめた」言葉ではなく、客観的に「平和とはなにか」を冷静に考えてみたいもの。「冷静に」とは「冷酷に」という意味でもある。とはいえこのブログ含めてネット上の有象無象の凡人の議論が実際に客観的だったためしはそうそう無いんだけどねw 本人が誠心誠意、誠実なつもりの議論ほどおかしな方向に曲がってったりな。

「平和」という言葉
この言葉の最大の問題は大和言葉(やまとことば)でないことである。ヘイワという漢語だ。これを「たひらかなごみ」と直訳したら翻訳語っぽくてこなれた大和言葉とはいえない。平安京を「やすのみやこ」とか「たひらの京」と読んだ例はあるのでいっそのこと「平和」という語彙は「やす」とか「たひら」みたいに単純な言葉に訳すほうが、仰々しい言葉や雅にすぎる言葉よりは、へんに観念肥大しなくていいのかもしれない。しかしそれでは中二ごころが満たされない。で、古典をまさぐるに日本の雅称に「浦安国」(うらやすのくに)というのがある。「浦安の舞」という神楽舞のタイトルにもなってる。ウラヤスは直訳すれば「心がやすらか」の意味だが、「浦安国」となれば「平和な国」ってことだろう。「浦安の舞」は「平和の舞」と意訳できる。「平和」にあたる大和言葉としては「ウラヤス」を推奨したい。他にも、国名つながりでいえば「大和国」と書いて「ヤマト」ではなく字のまま「オホヤハシ」とか「オホニギ」とか「オホヤハラギ」等と読んでいた時期もあったと思われる(詳しくは「継体天皇にはなぜ物語がないのか」のページを参照)。しかし言葉を置き換えただけで満足しては、固有の思想性はあきらかにならない。「平和」はあくまで漢字語であり、中国語由来の言葉なのだから。

「平和」とはなにか
中国語ではあまり「平和」とはいわない。中国語新聞などでは「和平」という文字は目につく。自動翻訳ページで「平和」を中国語に翻訳すると「和平」と出るんだが、しかし日本語の「平和」と中国語の「和平」は完全に同義ではなく、微妙なニュアンスの違いがある。日本語の「平和」は、平和主義者にとってはそれ単独で存在するユートピア的な観念なのに対し、「和平」は「戦争」と対になった概念であり、平和が続くと人心だらけて国の仕組みが崩れて戦乱へと転落し、戦争はいつか敵を殲滅して終結し平和が到来する。陰きわまって陽となり、陽きわまって陰となるごとく、平和と戦争は交互にくりかえすもの。それが中国人にとっての「平和」であり、日本の平和主義者のいうような「絶対的な価値」ではなく「相対的な現象」である。どちらの意味で「平和」といってるのかで議論の結果が大違いになるし、ここを確認しないで議論しても永遠に噛み合わない。だが俺はどちらかが間違いでもう一方が本当の平和だというつもりはない。前者は「広義の平和」、後者は「狭義の平和」として区別したらよいだろう。区別した上で、では、我々ウヨとしては前者の「平和」を廃し、後者の平和概念(「和平」)を推奨すべし、と言いたいのかというと、それがそうではない。「和平」でもまだまだ甘いのじゃないか? 戦争と平和はくりかえすのが当たり前の単なる現象だと思ってる国が実際に核ミサイルと膨大な軍隊をもっている北朝鮮以上の軍事国家であり、日本はその隣国なんだから、国内に大量に抱え込んだ絶対平和主義のお花畑脳の持ち主がどれほど危険な存在かわかるだろう。誤れる平和思想を撲滅するためにも、ここは一つ、「平和」でも「和平」でもない、「平定」という言葉を推奨したい。英語でも "pacify" (動詞「鎮める・なだめる・平和を回復する・鎮圧する」)とその名詞形 "pacification" (名詞「講和・和解・鎮定」)という言葉があり、これの語源は「平和(peace)にする」ってことだから、まさに "pacify" は「平定する」ということだ。ここに三つの平和観が出そろった。非武装中立論なみのお花畑、絶対平和主義が一つ。戦争と平和が運命論的にあるいは自然現象的に、あざなえる縄のごとくくりかえすというのが中国的な歴史観なら、主体的、意図的に自助努力で平和を実現する。それが第三の平和思想、「平定」の精神である。これからは平和主義でなく平定主義でいこうw 古事記は「平定の書」である!w

「コトムケヤワスの精神」とは何か
で、そうなると、「平定」をウラヤスとかオホニギとか言ったのであろうか? どうもニュアンスが違うようである。平定を古典和語でいうなら、有名な「言向け和す」(ことむけやはす)があるだろう。平定もしくは「平」の一字でも「ことむけやはす」とか「ことむく」と読み、和と書いて「やはす」でも同義。名詞形は「コトムケ」だが、平和を意味する語源とのつながりからいえば、コトムケではなく「ヤハシ」(和)が良いか。
で、有名な「コトムケヤワスの精神」とはなにかというと、いきなり武力行使ではなく、まず「話し合いで平和にもっていく」、その精神が「コトムケヤワス」という言葉にあらわれている、というのだ。こういう主張は我が師匠、吾郷清彦先生のみならず、古来からあって保守系の思想家や神道家の定番のネタでもあり、それ自体は結構なお話だとして好意的に展開しているブログも世の中にはあろう。しかしどうも胡散臭くて個人的には好きになれない。これは左翼にあらざれば人にあらずというキチガイ的風潮が世間を支配していた戦後すぐから70年代にかけて、なにかと色メガネで見られがちだった神道が「神道は軍国主義ではなくて平和主義なんですよ~」というアピールをしていたのである。よくいえば生き延びるためのイメージ作戦だが、世に媚び、衆愚におもねろうとする邪念が感じられる。なぜなら「コトムケヤワス」という言葉が本当にそういう意味ならば戦闘開始の前段階の「外交交渉」をこそ「コトムケヤワス」というべきに、実際の用例みると、外交交渉があったか無かったかにかかわらず(あるいはあったか無かったか不鮮明なまま)武力侵攻によって帰順服属させることを「コトムケヤワス」といってる例が多いからだ。なので、もとは「言葉を向ける」ではなく「(こちら側に)傾かせる」等の意味から派生して武力行使をいう言葉かもしれないし「和す」(ヤハス)の部分が「帰順服属させる」ことに相当しよう(今回はそこらは深く追求しない)。もっとも今みたいに右傾化しておらずただでさえ風当たりの強かった70年代に「軍国主義でなにがわるいw」なんて開き直ってたらそりゃさぞかし生きづらかったろうが、それはそれw 実行可能かどうかという戦術レベルのことは建前上の正しさを書き換える理由にはならない。こっちは言うだけなんだからせめて倫理(観念上の正義)を示し置くのが役割だろう。当時だって極論をいう右翼団体はいくらでもいたんだし。世間からどう思われていたかは別としてw いや世間からどう思われようが「田中角栄を有罪にした裁判官を吊せ」とテレビで騒いで排除された小室直樹がやっぱり正しかったわけだろ。「コトムケヤワス」を平和主義にこじつけるようなのを「曲学阿世」というのであって、今でもマスコミに出て世間からちやほやされてるような学者なんてWikipediaなみに信用ならない。よく使ってるけどさ。
話を戻そう。ウラヤスもオホニギも日本の雅称に残った言葉だが、同じく日本の雅称として細矛千足国(くはしほこちたるのくに)というのがある。最新鋭の軍備が整った国、軍事国家のことだよw なぜウヨともあろう者が「細矛千足国」という素晴らしい美称を都合よく忘れて「日本は昔から平和主義でござんす」みたいな主張をするのか意味がわからないw ヤマトが「浦安国」でありえ「大和国」でありえたのは「細矛千足」つまり軍備が充実していたからなのであって、非武装だったからではない。今の日本が国際社会でまともな外交交渉ができるのは米国がバックにいる時だけで、それに逆らっての外交なんて不可能だろう。武力行使ができないんだから朝鮮にも中国にも足元みられるだけで外交交渉も糞もない。外務省に仕事はない。金ばっかばらまきやがって。そんな話はいいや、つい脱線しました。とにかく、保守派神道界隈では大昔から代々の先輩から「コトムケヤワスの精神」ということが言い伝わってきた。これが「戦争反対、なんでもお話し合いで解決しましょう」というヌルい話だってのは左翼全盛期の嵐を乗り切るための偽装で、本当の意味は平和主義ならぬ「平定主義」のことなのである。さぁ皆さん一斉に唱えましょう「コトムケヤワスの精神だ」!

個々の具体論
そういう理屈はともかく先生はいかなる理由で平和の書だというのだろうか。上述の17項目を俺なりの理解で再要約すると以下の8項目となる。

1)神話:神々が職掌分担、絶対支配神がいない。(参考:原住民史観の誤り
2)「神議り」…神々の合議制(民主主義?)
3)日向三代の后選び、山の娘と海の娘を娶っていること
4)「うしはく」と「しらす」(参考:「しらす」と「うしはく」
5)「ことむけやわし」(言向け和し)
6)異族の帰順(帰化人の忠誠(例:田道間守、新羅、百済の朝貢、天之日矛、阿知直を蔵官に)、吉野国栖の服属)
7)宇治の和紀郎子の歌(実は謀反人を殺していない?)(参考:古事記はなぜ敗北者にやさしいのか
8)雄略天皇の全編(とくに三重の采女の歌)(参考:雄略天皇

以上の8項目を検討してみるに、どれも「古事記は平和の書である」という根拠にはならないと思う。では、俺は「古事記は平和の書ではない」と言いたいのかというと、そういうことでもない。これらの8項目は「直接には」根拠にならないと思うのであって、「古事記は平和の書である」というテーゼを(ある一定の条件つきで)肯定するものである。どういうことか、まずはこの8項目が直接の根拠にはならないことを、一つづつとりあげて詳細に説明しなければならないが、このブログを以前から読んでる人には説明不要かもしれない。
古事記と「平和思想」・後編」に続く
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Author:浅草橋キッド
どこから見ても平凡な、一介の町人です。

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