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このブログの基本原則

2679(R1)・5・26 SUN 改稿 H30・7・28 SAT修正 H26・10・16初稿
【1】問い合わせや連絡などはコメント欄で、もしくはメールフォームからお願いします。

【2】※このブログには『古事記』の原文も現代語訳もありません。
議論の流れや説明上、最低限必要な分は載せることがあります。『古事記』の内容が頭に入ってないと議論が唐突でわかりにくいでしょうが、それは「古事記ぐらい読んでるし頭に入ってるわい」という人向けに書いているからです。そうでない人は別のウインドウかタブで別サイトの『古事記』を開いてそっち見ながらでもいいでしょうし、なんなら文庫本(電子書籍も可)を買って先に関連ページを読んでからこのブログの議論を読むのがもっとよい。ちなみに『古事記』の文庫本だと岩波文庫(倉野憲司)や講談社学術文庫(次田真幸)のはおすすめできない。角川文庫の『古事記』それもできれば中村敬信の新版でなく、武田祐吉の旧版が良いです。↓これ。なかったら中村敬信のでも仕方ないが、岩波や講談社のよりはマシってことで。
古事記角川文庫初版

【3】このブログは、わたし(ブログ主)が古事記の感想や個人的な意見をまとめた個人ブログです。

といっても、古事記が編纂された奈良時代には、公式の正史である『日本書紀』も同時進行で編纂事業が進んでいたため、当然『日本書紀』が主に読まれるという予想が前提となって『古事記』は設計されていると考えられます。特に中巻・下巻がそう。つまり古事記の中巻・下巻は日本書紀を修正あるいは補完するという面が強くある。それで古事記と日本書紀を併読し、両者あわせて考察しています。上巻だけは日本書紀なしで単独で完結しているので、日本書紀の神代巻(第一・二巻)とは対等に比較照合して参考にしています。(詳しくはブログ内の各所にて)


【4】※このブログは日付の順に読む意味はありません。カテゴリー欄から興味あるところをクリックしてランダムに読んで下さい。あるいは検索窓に興味あるキーワード入れて検索して出た記事から読むもよし。記事の順番、前後などはごく一部の例外を除きほとんど意味ないです。
カテゴリー欄はPC版では画面左側に(都合により右側になってることもあり)、スマホ版では左上のプルダウンメニューにあり。
検索窓はPC版では画面右側のいちばん上といちばん下の2ヵ所に、スマホ版ではスクロールしていちばん下にあり。

【5】このブログの基本原則

1) 『古事記』を架空のお伽話とはみなさない。すべて事実であると、なるべく信ずる。例えば、進化論を否定する聖書原理主義者のような気持ちになって、古事記に書かれていることすべてを、極力、真に受ける。

2) 『日本書紀』に書かれていることも、格別古事記の内容と矛盾しない部分に関しては、同じくなるべく事実として受け入れる。

3) 『古事記』と『日本書紀』の間で矛盾がある場合、極力その両者が両立するような理屈を徹底的に考えぬく。

4) もしそれが不可能な場合、『古事記』が正しいとして『日本書紀』を誤りとするが、必ず、なぜ日本書紀がそのような意図的な改変をしたのかという理屈を考える。

5) 例外的に『古事記』より『日本書紀』が正しいとした場合も、なぜ古事記がそのような誤りを犯したのかという合理的な理屈を考える。

6) ただし、『古事記』も『日本書紀』も完本ではなく文章の誤写や文字の脱漏、伝承の摩耗、欠落、断片化などがありうるので、意味不明なところや、一見したところ不合理なところは推理の余地がある。聖書原理主義者でもなければ古田武彦でもないので「古事記には一字一句も誤りはない」、とは考えない。

7) 神武天皇以降の諸伝承は歴史であり、神話ではないとする。事件の背後には国内政治・外国関係・古代信仰・経済・軍事・社会・習俗文化・歴史地理・地政学など、膨大な「事実」からなる「世界」があって、記紀に語られた物語はその世界の中で展開したのである。しかし世間には、背後の世界から切り離した「ストーリー構造」だけを物語として扱っている議論が多すぎる。これは畢竟、歴史事実ではなくただの神話、伝説だと決めてかかってるからだろう。このブログでは神武天皇以降はすべて史実として扱うので、具体的な世界と連動した解釈をめざす。

8) 神代については、神話であり、歴史ではないとする。神話学は単なる西洋の学問ではなく、その先駆者は日本の平田篤胤なのである。従って、世界各地の神話を比較検討して、日本神話の解釈に役立てるべきである。世界各地の神話が似ているのは原始時代にはもともと同じ話だったから。複数同時発生説は採らない。従って神話は、数万年前にも遡るものであって、神話の中に活躍する神々が、たかだか古墳時代や弥生時代あたりの「人間」だったなんてことはありえない。神々を人間だとはみなさない。ただし「もとから神であって人間ではなかった」とのいうことには「だから実在しなかったのだ」という意味を一切含まない。またここで先からいっているところの「神話」という表現には「事実ではない」という意味を一切含まない。

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どこから見ても平凡な、一介の町人です。

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