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・鎮魂式

今日、11月22日は宮中祭祀の「鎮魂式」の日。その式次第は以下の通り。

1)アチメ神事
大臣以下諸司が神祇官西院の所定の座につき、神祇伯以下が琴師、笛師、御巫(みかんなぎ)、神部(かんべ)、卜部を率いて参入。
神楽「安知女(あちめ)」(阿知女とも書くが当て字なので深い意味はない)
琴師、笛師が「安知女」の曲を奏し、神部及び雅楽の歌人が相和して神楽歌「安知女」を歌い、神部の拍子にのって御巫が「安知女」の歌舞。
その間に「八代物(やしろもの)」別名「八色幣」(やくさのみてぐら)と称する幣帛を供える。 

太刀1口 弓1張 箭1双(2本) 鈴20口 佐奈伎(さなぎ 鐸=鈴の一種)20口 絁(あしぎぬ)1疋 木綿5斤 麻10斤

続いて、次の神饌も供える。

神酒 飯 餅 海の魚 川の魚 鳥 鰒 海菜 野菜 果 塩 水

「安知女」の歌は8首、毎回歌の前に「アチメ(1度)オオオ(3度)」と唱える。

(以下の歌は伝承にもり文句と当て字に多少の相違あり)
1天地に来ゆらかすはさゆらかす 神わがも神こそは きねきこう きゆらならば
2石上振るの社の太刀もがも願ふその児にその奉る
3猟夫(さつを)らが持有木(もたき)の真弓奥山に御狩すらしも弓の珥見ゆ
4登り坐す豊日孁(とよひるめ)が御魂欲す本は金矛末は木矛
5三輪山に在り立てるちかさを今栄えではいつか栄えむ
6吾妹子が穴師の山の山のもと人を見るかに深山縵(みやまかづら)せよ
7魂筥に木綿とりしでて たまちとらせよ御魂上(みたまが)り魂上(たまが)りましし神は今ぞ来ませる
8御魂上(みたまが)り去坐(いまし)し神は今ぞ来ませる 魂筥持ちて去りたる御魂 魂返しすなや

その後、掌典長が祝詞を奏上して掖座に控え、掌典が「糸結びの座」に着き、別の掌典が「御衣匣/御衣筥」(みそはこ)という箱1合を捧持して渡御がある。御衣匣は天皇の御魂代(みたましろ)である御衣(みそ)を納めた柳筥(やないばこ)であり、この段階では御衣に「御魂緒/御玉の緒」と称する木綿(ゆふ)で作られた振り糸も10本ほどついている。その掌典が御衣匣を斎場の案(あん、神事に使う8本脚の机)の上に安置。掌典長は「八開手(やひらで)」(8回の拍手)を4回(計32回)。

2)鎮魂の儀
掌典補が斎場前後の幌(とばり)を垂れ下ろす。
幌(とばり)の中で「宇気槽(うきふね/うけふね)」1隻を伏せ、その上に御巫(古くは猿女君の出身の女性が御巫をつとめたが実際には内掌典という女官が代理をつとめる)が乗る。「宇気槽」とは桶とか盥の類。上に乗った御巫は桙を持って、宇気槽の底を突きながら(一説に踏み鳴らしながら)「ひと・ふた・み・よ・いつ・むゆ・なな・や・ここの・たりや」と唱えて数をよむ。これを「宇気槽の儀」という。最後の「たりや」は「とをありや(十有りや)」の意味という説もあるがしからずして「とをたりや(十足りや)」の意と思う。このヒフミ歌も「阿知女の歌」の一部とされている。
これにあわせてその度ごとに、中臣(実際には掌典)が御衣匣の「御魂緒」を一つづつ結び、神部の拍子に応じて女蔵人(にょくろうど、女官の一種)が案上の御衣匣をゆらゆら振り動かす(これもちょうど10回になるはずである)。
ついで女蔵人が御魂緖を筥に納む。その後、掌典補は幌(とばり)を揚げる。これを「糸結びの儀」という。
ここまでが鎮魂式の前半で、宇気槽の儀と糸結びの儀が同時に進む。「鎮魂(みたましづめ)の儀」という。

3)魂振の儀
掌典長が進み出て御衣匣/御衣筥(みそはこ)を執り蓋を開いて神前に向かって10回振り動かす。のち、もとのところに安置。
御衣(みぞ)・御玉の緒は神殿に入御。
続いて皇后の御衣・御玉の緒の渡御があって、天皇の御衣・御玉の緒と同様の儀式が行われる。(『令集解』(AD868頃?)では2名だった御巫の定員が『延喜式』(AD927)では3名に増員されたが、これは天皇、皇后に続いて皇太子の分も行われるようになったからである。ただし皇后の分は天皇と同日だが、皇太子の分は翌々日の巳の日に行われる。)
これを「魂振(みたまふり)の儀」、または「御衣振動の儀」ともいう。
儀式終了後、大直歌・倭舞あり。
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