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・祓戸4神/禊と祓

H26年11月26日初稿 (H24年6月25日(月)のメモによる)
H24年6月25日(月)のメモ、4つの項目がある。■一つは宣長によるカミ(神)の定義。■もう一つは有名な宣長説による祓戸の4神と古事記の神との対応関係。これは瀬織津姫=禍津日神、速開都比賣=伊豆能賣、気吹戸主=神直毘大直毘と対応表させた上で「(古事記の)三神と速佐須良比賣」が祓戸の4神だという説。■三つめは(1)伊邪那岐命が禊の前に身に着けていたものを脱ぎ捨てた話、これを「祓い」という。(2)伊邪那岐命の「禊」、(3)須佐之男命の岩戸事件の後に贖い物を祓具(はらへつもの)として提出させた話。宣長説だけではなく現代の学者の説でもあるが「(1)(2)(3)は別のものであったようだが混同または同一視されてきた。この三つをまとめてハラエまたはハライというようになった」という説。■四つめは『万葉集』からの引用で、憶良と人麻呂の有名な「言霊」と「言挙げせぬ国」についての和歌。
大祓詞にでてくる4神のうち速開津比賣(あやあきつひめ)は記紀に出てくるのだが、他の3神、瀬織津比売(せおりつひめ)・気吹戸主(いぶきどぬし)・速佐須良比売(はやさすらひめ)は記紀にないため、昔から詮索の対象とされた。

神道五部書の説
記紀には出てこないが、「神道五部書」には若干の記述がある。すなわち五部書の一つ『倭姫命世記』に瀬織津姫神は皇大神の荒魂で八十枉津日神の別名であり荒祭宮の祭神とし、また気吹戸主は神直毘・大直毘神の別名で豊受神の荒魂だとし、『御鎮座次第記』と『御鎮座本紀』は気吹戸主を豊受神=月神の荒魂とし、『御鎮座傳記』に速佐須良比売は須佐之男命と同様に伊邪那岐命の檍原での禊祓で鼻を洗った時に生まれた神としている。つまり

天照大神= =伊邪那岐命の左目=八十枉津日神= =瀬織津比売
豊受神=月神=伊邪那岐命の右目=神直毘・大直毘神=気吹戸主
須佐之男命==伊邪那岐命の鼻=         =速佐須良比売

という位置付けがなされていた。「神道五部書」は中世の外宮で豊受神を天照大神と同等もしくはそれ以上の神とするために捏造された偽書なのでこのような設定がでてくるのであり、異質な神々を同じ神の別名だとしてくっつけるのは信用ならない。伊勢の祭官、荒木田氏の古記録によって、内宮の荒祭宮の祭神はもともとは瀬織津比売ではなかったことも判明している。従って、この五部書の説は後世の創作であり、デタラメであって、参考にしたりヒントにしたりしてはならないものなのである。

本居宣長の説
ところが本居宣長は神道五部書を偽作だとしながらもその捏造説をヒントにして、大胆な憶測を加え、瀬織津比売を禍津日神、速開津比売神を伊豆能賣神、気吹戸主を直毘神とそれぞれ同一神とした。こうして『大祓詞』にでてくる出自不明の4神のうち3神を、伊邪那岐命の禊に成りませる神々に同定したのであるが、速佐須良比売は未決で浮いている。ちなみに、速佐須良比売は神名の類似や「根の国にいる」ということから須勢理毘売命(すせりひめ)のこととする一案を出している。

禍津日神 =瀬織津比売
直毘神  =気吹戸主
伊豆能賣神=速開津比売
勢理毘売命=速佐須良比売

勢理毘売命は大国主の妃神であるから、ここだけ他の3神と異色でバランスが悪いことこの上ない。が、宣長はさらにそれだけでは飽き足らず、瀬織津比売=大屋毘古神=禍津日神であり、気吹戸主=天之吹男神=直毘神=大戸日別神とし、また速佐須良比売=風木津別忍男神というように、やたらと神々を同定した。これらは多少の類型や対比に着目してみたもので、たいした根拠のない憶測説にすぎない。そもそも「神道五部書」は鎌倉時代の偽書であって古伝を知る上で参考にならないことは宣長自身が念押ししてることなのに、辻褄合わせやこじつけの誘惑に負けたとしか言いようがない。が、後世の神道界では深い検討もなく漠然と受け入れ、瀬織津姫とは禍津日神のことだとする説が通説のように流布している現状である。

平田篤胤の説
篤胤は月読命と須佐之男命を同一視して、須佐之男命を月神だとした。そのため篤胤の神観は二元論的な構造をもつ。宣長は「神道五部書」が豊受大神を月神としたことを捏造として否定したため、「禍津日神=瀬織津比売」のコンビネーションを天照大神にくっつけたり、「直毘神=気吹戸主」のコンビネーションを月読命にくっつけたりはしなかった。しかし篤胤は、太陽神と月神(=須佐之男命)の相克/融和の神話を善悪吉凶という現象と関連付けて解釈したため「天照大神=大直毘神」「須佐之男命=枉津日神」という関連付けが成立する。

【日】天照大神の和魂 =大直毘神(伊吹戸主) (&伊豆能賣=速開津比売)
【月】須佐之男命の荒魂=枉津日神(瀬織津比売)(&速佐須良比売)


大國正隆の説
正隆は宣長の「速速開津比売=伊豆能賣」説を否定して、「瀬織津比売=伊豆能賣」説を唱えた。そればかりか天照大神や須佐之男命を持ちだした篤胤の悪影響を受けて、あれやこれやと屁理屈をつけて、宣長が否定したはずの「神道五部書」にかなりの程度戻ってしまっている。さすがに豊受大神と月神を同一視はしていないが、気吹戸主を豊受大神の荒魂だとしている。

天照大神の荒魂=瀬織津比売=八十禍津日神=伊豆能賣
豊受大神の荒魂=気吹戸主 =神直毘神
須佐之男命  =速佐須良比売
????????  =速開津比売


『ウエツフミ』の説
『ウエツフミ』ではイザナキノミコトの禊祓の際に、ハヤサスラヒコ・ハヤサスラヒメの二神が、イヅノヲ・イヅノメの二神の後、底津・中津・上津の3海津見神の前に生まれたとし、またイブキドヌシ・イブキドヒメの二神がその底・中・上の3筒之男命の後に生まれ、そのイブキドヌシ・イブキドヒメの次ぎに、ハヤアキツヒコ・ハヤアキツヒメが生まれたとしている。これは禊ぎ祓いの神だからというので禊で生まれたとしているのだろうが、ハヤアキツヒコ・ハヤアキツヒメは神生みの最初のほうでも生まれており(つまり記紀と同じ)、この禊のところでまた生まれてるから2回生まれたことになっており、編集が未整理なままになっている。瀬織津比売の誕生については記述がない。この『ウエツフミ』もまた偽書とされており、これが正解というわけではないが、神道五部書のように記紀に登場する既知の神々のどれかに「当てはめ」をやろうとはしていない点は好感がもてる。

若干の問題と考察
さて、ではこの3神がどういう神々なのか推理しなければならないが神道五部書の理論は中世人特有のこじつけ発想で一揃いの神々をまた別の一揃いにみえる神々に当てはめるという整理の仕方でできており、まったくアテにならない。普通に考えたら、速秋津日子神・妹速秋津日女神が生まれたところで、他の3神も生まれたとあったのが記紀から落ちていると予想をつけるのが穏当な推理だろう。あるいは逆に、大祓詞の中で4神セットになってるからって神話の中でも一緒に生まれたとは限らないかも知れない。『ウエツフミ』のように禊の段で一緒に生まれたのだというのも一つの推理ではあろうが、祓戸神の中には速開津比賣神のように禊とは別にそれよりずっと前に生まれたことが記紀によって確定している神もいる。『ウエツフミ』はこの神をも禊で生まれたことにしようとしたがそれは当然ダメだろう。もし各神バラバラでよいのなら、禊の段に限定する必要はなく、他にも関係付けられそうなシーンが神話の何ヶ所かにある。たとえば瀬織津比売は明らかに川や滝の女神だから、水の神・弥都波能賣神(みつはのめのかみ)や、泣澤女神(なきさはめのかみ、この神は泉や湧水の神との説あり)が生まれた前後のあたりで一緒に生まれたのではないか、同じ水の女神ということで。あるいは、気吹戸主は根国底国との境に接するところにいて、速佐須良比賣はずばり根国底国にいるわけだが、黄泉津比良坂で伊邪那岐命、伊邪那美命が最後の話をした時、日本書紀では速玉之男神(はやたまのをのかみ)事解之男神(ことさかのをのかみ)が生まれたというから、気吹戸主と速佐須良比賣はこの時に一緒に生まれたのかもしれない、「根国底国とこの世の境」と「黄泉津比良坂」は似ているという考えで。いずれも、そうとも考えられるし、こうとも考えられるという程度の話で決め手のある話ではないが、記紀に登場する既知の神々の別名だと考えねばならない必要も必然性もない。「神道五部書」の説をいじくり回してきた江戸国学の所説は、完全に廃棄すべきであろう。そもそも記紀は古伝を完全に網羅したものではない。古事記にあって書紀にない伝承や、書紀にあるのに古事記にない伝承もある。ということは、たまたま記紀ともに載せ漏らした伝承も当然あったわけで、それらのうちには『風土記』『新撰姓氏録』『古語拾遺』『先代旧事本紀』などの古書に偶然にも拾われることもあったろうが、そういうのは奇跡の類で、多くは現代に伝わらず失伝してしまったと考えるのが当然だろう。だからこそ記紀の伝承は貴重きわないないものなのである。『大祓詞』の4神のうち3神が記紀にみえないからといってそれはおかしい「のではなく」当然そういうこともあるってことにすぎない。
(続きはまた後日に加筆、今日は時間なし)
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