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・どぶろく祭

H26.12.7改稿 H26.11.28 FRI 初稿
こないだの22日(土)23日(祭)24日(休)の連休は新嘗祭(≒勤労感謝の日)で連休だったわけですが、今日、11月28日(金)は日本橋の小網神社の新嘗祭ということで毎年恒例の「どぶろく祭」やってます
http://www.koamijinja.or.jp/topics.html
今年取れた新穀で作ったどぶろくを参拝者に振舞います(午前9時~午後6時まで)。また今日は国指定無形民俗文化財の里神楽舞の奉納が正午過ぎからやってます。
酒解神
酒の神として有名なのはなんといっても「松尾様」と崇められる松尾大社だが、なぜ酒の神ということになったのかは判然とせぬ。この神社は秦氏と関係が深いので、一説には「秦酒公」(はたのさけのきみ)と関係あろうともいうが、この人物の伝承には酒にまつわる話はまったくない。またこの人名の酒はお酒のことじゃなくサケという音を表わすただの当て字なんじゃないかとも思われる。桂川を挟んで松尾大社からすぐのところにある梅宮神社も酒の神で「酒解神」(さかとけのかみ)を祭る。大山祇神が娘の木花咲耶姫の婚姻の時に酒を造ったという神話があるので、中世には「この酒解神とは大山祇神のことだ」とする説が起こった。その説が妥当かどうかはわからないが、松尾大社のご祭神も大山咋神で山の神だから、何か関係がりそうにも思えるが、具体的なことが不明で困惑する。山は関係ないのではないか。松尾大社と梅宮神社はこんなすぐ近くになってどちらも酒の神で有名なのに、酒神の由来起源の説明がお互いにぜんぜん共通していないのは不思議だ。思うに、古い時代には梅宮神社は松尾大社の境内摂社で、それがゆえに松尾大社は酒の神として信仰されていたのではないか。その梅宮神社が移転して境外摂社となっても松尾大社での酒神の信仰は続き、その後ついに独立してぜんぜん関係ない神社になってしまったため、なぜ松尾大社が酒の神なのか由来が不明になってしまったものだろう。
桂川にそって下ると、今の大山崎町に離宮八幡宮と酒解神社があり、両社とも梅宮神社と同じ「酒解神」を祀っている。今の離宮八幡宮があった場所にかつては酒解神社があり、今の酒解神社の場所はさらにその前の時代にあった(と推定された?)場所に再建したものらしい。同じ酒解神を祀っている梅宮神社との関係は不明だとされるが、創建年代から普通に考えれば、この大山崎町から分祀勧請したのが梅宮神社だろう。そして元々の酒解神社は「玉手」から来た神だという。玉手というのは御所市内に玉手駅がある。昔の葛城は今の葛城市ではなく御所市のほうが中心で、「鴨」のつく神社が多い。いうまでもなく味耜高根彦神(あぢすきたかひこねのかみ)を祭る「高鴨神社」が総本宮というか葛城の中心である。そして『古事記』ではこの神を迦毛太御神(かものおほみかみ)とまで称している。
梅宮神社のご祭神は「酒解神(さかとけのかみ)・酒解子神(さかとけこのかみ)・大若子神(おほわくごのかみ)・小若子神(こわくごのかみ)」の4柱で、俗にこれを大山祇神・木花咲耶姫命・瓊々杵尊・彦火火出見尊だというのだがむろんこれは中世に起こったこじつけ説で取るに足らない。
酒解(さかとけ)からして何のことかわからぬが、この言葉から霹靂(かむとけ。雷鳴雷光のこと)という言葉を思い出す。松尾大社は「鳴鏑をもつ神」で丹塗矢に化身し川にいた秦氏の娘を妊ませたというが、鳴鏑も丹塗矢も雷鳴雷光の象徴で、これは『山城国風土記』に出てくる火雷神が化けた丹塗矢を持ち帰った玉依比賣が賀茂別雷命(かものわけいかづちのみこと)を生んだ話とも、もちろん同系の類話。この火雷神は乙訓神社に祭られているがこの神社はちょうど松尾大社と大崎山町の中間にあたる。この話からすると酒解神は大山咋神や火雷神にあたり、若子神は別雷命や「秦氏の娘の生んだ子」のことだろう。この話は太古から伝わったという意味での神話ではない。『古事記』に出てくる大物主神と勢夜陀多良比賣との間に比賣多多良伊須氣餘理比賣が生まれた話の構成を借りた創作で、記紀の神話と中世の縁起譚の類との中間段階のものである。従って、この話の類型は三輪の大神神社にルーツがあるとみてよいと思う。上述のh

この「酒解神」についてはいくつも問題があり、わたし自身の考えもあるにはあるが、まだ十分に煮詰まってないので未来の宿題としておく。

佐牙彌豆袁神・佐牙彌豆賣神
『延喜式神名帳』に「造酒司坐酒殿神二座、酒彌豆男神・酒彌豆女神」とあって由緒正しい神であることがわかる。『新撰姓氏録』には「大鷦鷯天皇の御代、韓国より参ゐ来つる人、兄曽々保利、弟曽々保利二人。天皇「何の才有りや」と勅し、皆「造酒の才有り」と。御酒を造らしむ。ここに麻呂(まろ)に酒看都子(さかみつこ)と号を賜ひ、山鹿比咩(やまかひめ)に酒看都女(さかみつめ)と号を賜ふ。因りて酒看都(さかみつ)をもって氏と為す」とあり、これからするとどうやら記紀にでてくる須々許理(すすこり)のことだとわかる。兄弟はアニ・オトウトではなくエ・トで、性別関係なく同姓同士で齢上と齢下のことなので、ここは兄妹(セ・イモ)の間違いではないかと思うが、姓氏録の文章はかなり切り詰めてるだけでなく断簡して欠落が疑われる部分が多いので、もしかして弟曽々保利と山鹿比咩は別人かもしれない。
(この神社と須々許理についてはいろいろ論ずべき問題が多いが今日は時間ないので後日に加筆、ただし少名比古那神が関係あることは前もって記す)

少彦名神
大神神社

(※未完、まだ半分もいってない。このままでは数々の謎解きが放置されてしまうw 後日に続きをやれればと思ってます)
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