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・古事記の中・下巻は「面白くない」のか?

H27・8・31更新 H27・8・20初稿
世の中には「古事記は上巻は面白いんだけど中巻・下巻がいまいち…」と言う人が時々いる。確かに上巻は神話篇でおもしろい話が満載な上、しかも全体が一つのまとまりになってる。でも中・下巻は天皇一代ごとに話が切れてるし、一人の天皇の中でもミニエピソードみたいのがばらばらに出てきたりして断片的な感じがする。しかし中・下巻の面白さがわからないと量からいって古事記の面白さも3分の1になってしまうわけで、もったいないことこの上ないでしょう。古事記全3巻は、文体の表記こそ統一されてるが、中・下巻は、やはり上巻とはずいぶん違った編集方針でかかれたことは誰でも漠然と感じるのではないだろうか。それは『日本書紀』と比べると瞭然だ。上巻はただ古事記1冊だけを読んでも話がわかる。日本書紀の一巻・二巻と比べても古事記の詳細な内容は見劣りしない。むしろ古事記のほうが詳しいぐらい。ところが逆に、日本書紀でも第三巻の神武天皇の巻から以降、歴代天皇の巻になると、日本書紀は圧倒的に詳細になる。それに比べ、古事記の中・下巻は、スカスカな印象がある。
記紀のおもしろさの違い
古事記は明らかに、恋愛譚や歌物語を書いてるのであって、それからはずれる要素、例えば政治的な駆け引きや、戦争における両軍の作戦だとか、事件の背後にある氏族たちの政治的な位置関係とか、国家体制の話とか、合戦における戦闘シーンの描写とかの、男の子が読んでわくわくするような、たとえば『三国志』や戦国大名の物語みたいな要素は切り落としてしまっている。切り落としすぎて、話の流れがわかりにくくなってるところすらある。だから神武天皇以降の、歴代天皇の話になると、普通の男子なら古事記より『日本書紀』を読んだほうが圧倒的におもしろい。

記紀は内容を分担している?
そもそも古事記がなんであんなに簡単な書き方なのかというと、書紀の方が完成が8年遅れただけで古事記と日本書紀は同時進行で編纂されていたわけで、日本書紀の方が「正史」つまり正統な歴史書として華々しくデビューすることが決まっていた以上、太安万侶(&稗田阿礼?)としては、古事記の読者は日本書紀を当然読んでる人たちだという前提で古事記を構想したはず。つまり日本書紀を読めばわかることは省略している。あくまでも日本書紀の誤りを修正する異説、あるいは日本書紀の不足を補う補説。この二つだけを書いてるのだから書紀に比べてスカスカな感じがするのは当たり前ということになる。古事記が補おうとしたのは主には恋愛譚であり歌物語だろう(それだけではないが)。歴史というのはもっぱら政治史・権力史・国家史であって、そこで色恋沙汰を長々いわれても困る。歴史書である日本書紀としてはそういう部分は切り落とすのはしょうがない。そこで別の書物である古事記の出番となる、つまり古事記と日本書紀は分担しているわけ。

中巻・下巻を楽しむには…
で、古事記の中・下巻も問題なくおもしろいと感じる人は、たまたま古事記の分担してる要素である「恋愛譚と歌物語」がもともと好きな人なのだと思われる。一方、古事記は中・下巻がいまいち面白くないな、と感じる人の場合、日本書紀を読んでみたらよいのではないだろうか。ただし、書紀だけ読んでればいいのかというと日本書紀は量が多く細かいバラバラの話は古事記以上に多いから、物語を楽しむだけの目的で読もうとすると骨が折れるかも。だから、そういうタイプの人が古事記の中・下巻を楽しむには『日本書紀』を参考にしつつ、古事記の物語にプラスして、古事記が切り落とした内容を補いながら読むのがよいと思う。
…で、この先の話は「旧辞」と「帝紀」という言葉が出てくる。旧辞は神話やら伝説といった物語の部分で、帝紀というのは歴代天皇の系図といくつかの項目からなる注釈の一覧のことだと思われている。しかしそれは違うのだ。正しくは旧辞というのは単に神代巻のことで、神武天皇以降の歴代天皇の物語は旧辞でなく、すべて帝紀に含まれる。詳細は「古事記の原資料の性質と通説への疑問」を先に読んでください。
『古事記』はもともと神代巻だけだった?
もしそうだとすると、神武天皇以降の限っていうと、「日本書紀」の方が主で、古事記は補足のような印象になってしまうが、おそらく、まず日本書紀の編集方針ができて最初の草稿ぐらいは出来上がった段階で、古事記編集部がそれを見て「それ(書紀の歴代天皇の部)はマズいんじゃないの」ということになり、急遽、古事記側でも中・下巻を追加して作ることになったと想像する。つまり最初の企画では古事記は上巻だけの全1巻の構成だったのではないか。
こういうと反論されるかも知れない、古事記の序文には天武天皇が最初から旧辞(先代旧辞)と帝紀(帝皇日継)を校訂させようとしたと書いてあるから、当初から歴代天皇の部分(帝紀の要素)も込みだったはずだ、と。でもよく考えると、天武天皇の詔勅が出た段階ではまだ古事記と日本書紀の二つの書物になると決まってはいない。諸氏族のもっている旧辞や帝紀が氏族ごとに食い違っているのでこれを照合して決定版を作れ、といっているだけ。これが後に古事記と日本書紀として結実するわけだけれども、この段階では「完全版旧辞」と「完全版帝紀」が期待されているだけ。天武天皇自身は旧辞と帝紀の2種類の本ができると思ってるわけであって、それを合体させろとは全然いってない。まして、合体した上で一つになるならともかく、古事記と日本書紀という2つの書物になるとは予想すらしてなかったろう。だから、編纂事業がすすんでいくうちに、途中のあるところで古事記編纂室と日本書紀編纂室に分離してしまったと考える他ない。序文はあくまでも古事記完成後に古事記の立場から過去を回顧していってるので、この天武天皇の詔勅を古事記編纂の出発点としていて、日本書紀のことには必要ないから格別ふれてないが、実際には記紀の両方のスタートなのである。だから天武天皇の詔勅には旧辞と帝紀が両方でてくる。でも元明天皇の詔勅はそうではない。和銅四年(711年)九月十八日の元明天皇の詔勅では「阿礼がよめるところの勅語の旧辞を撰録して提出せよ」と太安万侶に命令が下ったわけだが、ここで旧辞とばかりいって帝紀といってない。これは旧辞を早く作れという命令であって帝紀にはふれてない。帝紀は別進行で日本書紀になる予定だったからだろう。最終的に古事記も中・下巻で歴代天皇を扱うことになったので結果的に整合がとれたということになる。古事記は上巻だけだったから、旧辞(ふるごと)だけだったからこそ古事記(ふるごとぶみ)というタイトルなのであって、最初から歴代天皇の部もついていたなら、旧辞と帝紀の合体だったなら「古事帝紀」というタイトルになっていたと思われる。

『日本書紀』にはもともと神代巻が無かった?
もし古事記がもともと上巻だけだったとすると、ひょっとして日本書紀は神代巻がなくて神武天皇から始まっていたのではないか、と誰しも思いつく。実際その通りで日本書紀は中国の正史の体裁にのっとって編纂されたから、「紀」という文字で天皇一代ごとの伝記(在位中は年表式の編年体)が順に並んで全体を構成している。この中では神代の巻だけが基準からハズれている。こんな形式は中国の正史には例がない。「いや、神代巻こそ日本の正史の特色なのだ」というかも知れないがそれは現状を知った上での後付け説明だろう。当初はどうするかで議論になったはずで、現に、江戸時代に編纂された『大日本史』は神武天皇から始まっていて、神代巻は巻頭ではなく志類(後ろの方についてる付録で分野別に書かれたもの)の中の一つという扱いになってる。日本書紀の場合、志類は作られなかったので神代巻は当初は考えられていなかったろう。そもそもなんで日本書紀が編纂されたかといえば、中国の正史の体裁にのっとった歴史書が日本にもあることを海外(特に中国)に示すためである。でなければ漢文で書く必要はなく古事記のような文体のほうが伝承保存という意味ではより適切なはずだろう。中国に日本の正史を示すのが目的なら、むしろ神代巻はいらないのである。こんなものがついてると、かえって不自然であって、無い方が中国の正史のようにみえる。だから『大日本史』は神武天皇から始まっている。

記紀がダブってしまった訳
以上のように、一つの仮説として、当初の企画は「古事記は神代巻だけで歴代天皇は無し、日本書紀は神武天皇からで神代巻は無し」だったのではないかと考えられるのだ。天武天皇が期した「完全版旧辞」と「完全版帝紀」は前者が古事記、後者が日本書紀になるはずだったのである。なにも俺が一人でいってるのではなく、青山学院大学の矢嶋泉教授も、「旧辞が古事記になり、帝紀が日本書紀になったのだ」というような意味のことを唱えているそうです(よく知らんが)。天武天皇は旧辞と帝紀を合わせて1冊にしろとは一言も言ってない。ところが古事記編集部は日本書紀に不満で、日本書紀をただすため、あるいは補うために中巻・下巻を付けた。日本書紀が神代巻を作ったのはその対抗措置なのではないか。古事記の神代巻は決定版をめざしたため異説をたくさん切り捨てているので、それなら日本書紀で拾っといてやろうじゃないか、というわけ。だから日本書紀の神代巻は「一書曰く〜」という形で異伝・異説がたくさん載ってる。
すったもんだで、古事記には中・下巻が付き、日本書紀には神代巻が付いてしまったので、結局内容がダブってしまい、もともとなんで2種類つくったのかわかりにくくなってしまったというわけ。
こうなったまでに至るすったもんだの詳細な経緯というのもあるんだがそこらの詳しい話はまた後日ということで〜
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